書く行為
7件の記録
Ryu@dododokado2026年3月22日また読んでる大江は「出発点を確かめる」の冒頭で、自分がこの十年近い年月のあいだ、小説ではなくただ一冊だけの日記を書きつづけてきたとしたら、と仮定している。「もし僕がこれらの小説群を書かなかったとしたら、おそらく、ただ一冊だけの日記に書きこむことも、なにひとつ持たなかったであろう」(p.6)。しかし、彼にとって「なにごとか狂気めいたものと対抗しつづけるためには、さしあたって小説を書きつづけるほかにないのであ」って、「そうしなければ、僕はたちまち自滅」(p.17)してしまう。そこにあるのは、文学の「社会的有効性」(飢えて死ぬ子供の前で文学は有効か?」)と「個人的救済」とのあいだのたえまない振り子運動である。ここで、「不安定な自転車疾走」をつづけるということはそのまま書きつづけるということにほかならず、畢竟、読まずとも書かずとも「濁り」や「沼地」のない日常世界を生きてはいけるのかもしれないが、「ここにおさめた小説が、まさに過不足なく現在と現在にいたる僕自身である」と認める以上は、狂気めいたものと対抗し、書きつづけるほかない。それはもはや逃れがたい、恐るべき疫病であって、明晰判明な視界などは保証されない。見えるのは薄暗く翳った世界のみなのかもしれない。











