反乱は続いている
反乱は続いている
よこのなな
エンマ・ヤンケ
マリーア・ヨーンソン
エリーカ・ソーレンソン
シーリ・アンビョーンソン
ファニー・アンビョーンソン
花伝社
2025年5月26日
21件の記録
犬山俊之@inuyamanihongo2026年7月9日買った読み終わったフェミニストである著者グループによる、スウェーデンの三世代にわたる女性たちへのインタビュー。 対話を通じて聞き手が感じたこと等も織り交ぜて書かれていて、それらの「声」の多様さに驚かされました。 最高齢の方が1904年生まれで、最年少は1980年代生まれという幅広い年代の方々が体験してきたことを、俯瞰的な記述ではなく、戸惑いや高揚感といった揺らぎを含んだ個人の「声」として読むことができたのは貴重な読書体験でした。 声が「生きている」ので、決して他人事とは思えず、1ページごとに共感しながら読み進めることになりました。原著は1999年の出版ということなのですが、これらの声は決して古びていません。 「先進的な国」というイメージのスウェーデンですが、不公平な賃金、「女性らしさ」の押し付け、女性への暴力などの問題は当然あったわけで、それぞれの時代で抵抗、抗議、闘争は続けられてきたのです。「わたしたちが当たり前だと思ってることは、ずっと当たり前だったわけじゃない」。 * 個人的には1970年代の清掃員たちのストライキの話は興味深かったです。「ストライキ中の清掃員たちは、全国のひとびとからとても手厚い支援を受け取った。デモや連帯集会が行われた。義援金や書名、手紙がどんどん届いた」と。今の日本でこんなストライキができるのでしょうか▼





つたゐ@tutai_k2025年6月13日読み終わった「世界一平等」の国、スウェーデンで、25年前に刊行された本。若い女性たちが、同世代・母・祖母世代に、「闘い」のことを聞きにいった本。フェミニズムという潮流はずっと世界と戦ってきたと思うけど、その「闘い」ってなんなんだろう?というところから出発する。どんな蓄積もそうだけど「歴史」として語られ、記録されていくものだけが「それ」なのか。「歴史」に名を残すものだけが「戦っていた」わけではないというのは、頭ではわかっているけど見過ごしがちで……。切実に望んでいたテーマの本なので、翻訳して紹介されたことがとてもうれしいなと思える本だった! わたしが一番印象に残ったのは、祖母世代の章。たとえば、「キッチンのシンクの高さ」を獲得することって、いまの価値観だとその闘いはものすごく男性主権社会への迎合として捉えられがちだけど、女性が家にいて快適な家庭を整え、優しく美しい「母・妻」として存在しているのが理想とされていた当時に、あらかじめしつらえられている「シンク」を、「自分の(身体の)ため」に、改造を要望するということがどれだけ大変で革新的な「闘い」だったのか、ということ。 そして、教員だった高齢女性による「権力を持てば女性だってそれを濫用する危険がある」という自戒と自制のことば。 母や祖母という世代は、「娘」世代が見ると、迎合してきた歩みに見えてしまうことがあるし、ともすれば専業主婦的なものを否定し、賃労働市場・資本主義市場で「男性と同じようにやっていくこと」が「同権である」と勘違いしてしまいそうになることもあるけど、母・祖母たちもたしかに闘ってきたし、迎合に見える行いが実は大きな一歩だったことや、権利を得ることと権力を得ることは全然別物なんだということ。わたしはもっと考えていきたいなあと思った。 スウェーデンで刊行されたのは25年前だそうですが、「体毛」についてこんな風に語ることって2025年の日本でできるかな?って思った。体毛、そこまで否定しないとだめなものですか?



つたゐ@tutai_k2025年6月13日読んでる「女性も大体は男性と同じだ、と私は思っている。私たちはみんな、自分の仕事によって形成されている。私たちが上に立ったとしたら、権力を濫用してしまう素質は、少なくとも男性と同じくらいにはある。」『反乱は続いている 祖母・母・娘たちのフェミニズム』 この言葉を95歳の女教師だった人が言う、というのがすごく心強いなーと思う。



つたゐ@tutai_k2025年6月12日読み始めた読んでる心に残る一節「この作業のあいだ、わたしたちは尋ねあってきました。フェミニストの闘いって、ほんとのところなんなんだろうね、と。バリケードの上や歴史の教科書の中に姿が見えるひとたちだけが、フェミニストなんだろうか。それとも、だれかのおばあちゃんだってそうなんだろうか。探してみると、闘いはさまざまな場所で見つかりました。洗濯小屋の中で、国会の中で。デモ行進の中で、保育所で。焦点を合わせさえすれば、表面で見えているところだけではなく、あらゆるところで、闘いが進行していたことがわかったのです。」『反乱は続いている 祖母・母・娘たちのフェミニズム』ファニー・アンビョーソンほか よこのなな訳 いろんなところで「フェミニズム」が、大きな立場に立つ人によって選択/決定されていくことをやっぱりしんどいなあと思う。顧みられない場所で行われる闘いはそういう決定や選択権のある場所から見ると「劣っている/指導が必要である」と「評価されうる」ことってある…っていうこととか最近ずっと考えてるから、この本を読み進めていく中でいろんなものを見つけられるといいな〜

つたゐ@tutai_k2025年6月12日読んでる読んでるんだけど、「体毛」を生やすこと(体毛が否定されること)についての議論があってとてもいい……。わたしは眉毛以外の体毛は定期的に剃らない生き方をしているので、元気出る。

りっか@anzu-ricca2025年5月20日読み始めた@ 待合室よこのななさん訳、スウェーデンという国で、フェミニズムがどういった道を辿ってきた(来ている)か、の本。 「フェミニズムは、性にもとづく差別や搾取や抑圧をなくす運動のことだ(これはベル・フックス『フェミニズムはみんなのもの(エトセトラブックス)』)」というんだけど、 読み始めて「『女性』に押し込められて差別されているひとたちと、少数の良心的な男性たちのたたかい」という文を読んで。 ね、やっぱりフェミニズムはみんなのものだよねと。ご一読あれ!!!





















