アルジャーノンに花束を (ダニエル・キイス文庫 1)

59件の記録
- みかこ@mkk_7132026年7月26日読み終わった借りた面白かった! 昔よく考えた。知的障害があるってのは可哀想なことなのか、ということを。障害が多様性と言われる世の中になっても実際、知的障害者に対する憐れみや恐れや蔑みみたいなものが、みんなにあるなあ、と。 知能が低いのは可哀想なのか。この本読んで感じたのは、知能が低いこと自体が可哀想なんじゃなくて、知能が低いことによって周りの人から受ける扱いが可哀想だった。 チャーリイは手術を受けず知能が低いままだった方が良かった、とは思えなかった。彼が何にも気づかず、尊重されず、蔑ろにされ、心優しい人にさえ憐れまれている状態は、彼自身は気づかないから幸せだったとしても、やっぱり良くないと思う。だからって知能が高くなればそれで全部解決するわけじゃなかった、当たり前に。結局良いとか悪いとか関係なく、尊重されて憐れまれたりしない環境があるのが大事なんだろうな。 でも難しいよな。社会が勉強と仕事で回ってる限り知能は真ん中である方が生きやすいもの。外れ値は排除されやすい。 それはともかく、文体で主人公が賢くなっていくのが体験できるのはすごく面白くて引き込まれた。印象的だったのははじめの方のたどたどしい文章と同じくらい専門的な用語を使ったかしこまった文章が読みづらかったこと。 チャーリイは存在していた。みんな手術をした後のチャーリイに喜んだけど、手術をする前から存在していた。


からすのえんどう@Crow48602026年7月22日読み終わった文章が難しくなって、チャーリィが賢くなっていくのを感覚で体験させられるところは新鮮だったし、 自分は物語の読者というより、経過報告を読んでいる1人の職員みたいな気持ちになった📕 物語が進むにつれて、よりチャーリィが見る世界の描写が鮮明になって、現実の苦しいところや、人間の嫌な部分がわかるようになっていくのが、辛かった……。 物語以上の何かを感じさせてくれる作品
🍋🍋🍋@lemon_bomb2026年7月12日読み終わった『アルジャーノンに花束を』を読むにあたって、序盤は「経過報告」の日付の間隔に合わせ、自分も少しずつ時間を空けながら読み進めた。チャーリィの知能がどれほどの時間をかけて変化していくのかを、頭の中だけで理解するのではなく、季節の移り変わりや日々の感覚とともに体験してみたかったからだ。チャーリィの変化を単なる物語上の出来事ではなく、一人の人間の人生として実感を伴って受け止めたかった。 私は幼い頃、発達障害のある兄と一緒に育った。そのため、チャーリィ本人だけでなく、彼を取り巻く家族や周囲の人々の視線にも強く共感した。障害のある人へ向けられる視線は、困惑、嘲笑、嫌悪、哀れみなど、否定的なものが少なくないことも改めて痛感した。兄は現在では障害の影響もなくなり、私が心から誇りに思える存在になっている。しかし、この作品を読み終えたあと、「もし兄の障害がそのままだったなら、私は今でも兄を誇りに思えていただろうか」という問いが、自分の中に残った。 その問いは、チャーリィの妹ノーマが、兄が「賢く頼れる存在」になった途端に態度を変え、すがるようになる姿(と読めてしまった)と自分自身が重なったからだ。作品を読んでいて最も苦しかったのは、知能の変化そのものへの切なさではなく、人が他者を評価する基準は、愛がなければ、あまりにも能力に左右されてしまうという現実だった。 だからこそ、これからも兄を、そして家族を、能力や肩書きではなく家族として愛し続けたいと思った。 また、この作品は、私がこれまで触れてきたどの作品よりも、「愛」と「精神性」を鮮明に描いた作品だと感じた。普段触れないジャンルだからという理由もあるが、映像作品であれば、憧れや恋心、性的な欲求は、視線や表情、仕草といった視覚情報で表現されることが多い。しかし小説という媒体だからこそ、チャーリィの内面そのものが変化していく過程や、愛の形、愛への考え方、他者との距離、自分自身への認識の変化までを細やかに描き出すことができていた。それは映像や音声だけでは置き換えられない、小説だからこそ可能な表現だったと思う。 翻訳にも強く感銘を受けた。読み始めてまず思ったのは、「原文では一体どのように書かれているのだろう」ということだった。英語をもっと勉強し、原作と読み比べられるだけの力があればよかったと、本気で悔しく思った。海外文学を原文で読んでみたいと思ったのは、この作品が初めてだった。 もちろん、多くの読者が語るように、知能の発達と衰退に合わせて変化する文体も圧巻だった。日本語訳だからこそ表現できた部分もあると思うが一人称の変化、句読点の使い方、脱字やスペルミス、さらには自分の精神を人格化し、別の存在として見つめるような描写まで、文章そのものがチャーリィの認知世界を再現していた。単に「知能が上がった」「下がった」と説明するのではなく、読者自身がチャーリィと同じ目線で見ているような感覚になれる。その没入感は、この作品を特別なものにしている理由の一つだと思う。 SFという枠組みで語られる物語ではあるが、この作品を形作る一つひとつの出来事は、現実の私たちの営みと何も変わらない。社会、いじめ、差別、学習、恋愛、家族、だれもが人生で対峙する普遍的なテーマを、チャーリィという一人の人間を通して俯瞰的に描いた作品だった。 この作品を読み終えた今、私は自分が置かれている環境に感謝し、家族を大切にしたいと思った。そして、これまで愛した人たちの幸せを願っていたいとも思う。チャーリィを愛したアリスも、きっとそうしただろう。 アルジャーノンに花束を。 そして、ダニエル・キイスにも花束を。



ぼたもち@botamoch12026年5月5日読んでる学生時代に読んだなぁと久しぶりに再読 経過報告の日記から始まり、どんどん世界の見え方、視点が変わるにつれ新しい気付きと傷つきがあって胸がぎゅーっとなりながら読み進めた 久しぶりに読むとやっぱり細かいところは忘れてて印象に残ってる本は久しぶりに再読していきたい




- ふかふかページふかふか@Mt_b_page2026年3月1日読み終わった原作の中編版の出版が1959年(のちに長編版が出る)。 日本語版の単行本が1989年、文庫版が1999年。 原作で70年、日本語版で40年近くも前の作品なのに、社会的であれ個人的であれ、現実の状況はどれほど好転した…? 家庭の争いがきついな…。 母ローズは、息子はきっとよくなる、他の子のようになれると信じて体罰を繰り返し、(おそらくヤブか詐欺の)医者へ大金を積んでしまう。 夫のマットはその金は仕事の再起のために使いたいと非協力的。 「この子が正常だとあんたは思いこもうとしている。まるで動物に芸を仕こむみたいにこの子を追いつめている。どうしてほうっておかないんだ?」 「他の子のようになってもらいたいからよ」 2人の意見は食い違い、言い争いが絶えずチャーリイは萎縮する。 生まれた妹ノーマが"正常"だとわかると、ローズはチャーリイがノーマに悪影響を与えない方向へと厳しさの舵を取る。 ノーマはいつも"おかしな"兄に遊びもめちゃくちゃにされ、テスト1等の約束の犬も"取られ"そうになり、チャーリイを毛嫌いするようになる。 手術後、再会した父は息子だとわからず、母は物忘れがひどくなり今のチャーリイと子どものころのチャーリイをまだらにしか認識できない。 かろうじて困窮する妹からは"頼れるお兄ちゃん"像を得るが、包丁を持って暴れる母から離れざるを得ない。 子どものときに与えられなかったもの、欲しかったものは、IQ185になっても得られなかった。 そして手術で得たずば抜けた知力は一年足らずで手からこぼれ落ちていく。 ウォレン養護学校に行かなければならない。 「この世かいにあるなんてしらなかったたくさんのこともおぼいたし、ほんのちょとのあいだだけれどそれが見れてよかたとおもているのです。」 あんまりな最後。 それでもチャーリイの中に、手術後のチャーリイが得た記憶が暖かさを与えていることは救い…か? 人生は続く…。




- ふかふかページふかふか@Mt_b_page2026年2月17日読み始めた誰でも知ってる超有名作品で読んだことないものを読みたくなり。 あとTwitterで時々高評価されているのを見て興味が湧き。 チャーリイの文章のレベルがじわじわと上がっていくさまがすごい…





よもぎ餅の本棚@yomogi032025年10月18日読み終わった図書館本勧められた海外文学? 最初は誤字脱字が多い文章が続く(彼の手記なので) それが少しずつ文字が整い、語彙力が増え、彼自身の気持ちが書かれ… 彼は賢くなって良かったのだろうか… 優しくて真っ直ぐだった彼を変えたのは周りか?それとも知識を持ち傲慢になった彼自身か…。 美しくて切なくて自身の有り様をもう一度考えさせてくれる作品だった。

とーひろ@kajihirorz13162025年6月7日読み終わった読んで良かったチャーリーを通した人生の追体験は悲喜交交であった。人間だからこそ大事なことがある。アンジャーノンに花を備えられるほどの優しい心こそ。 p.393「あんたがたの大学では、知能や教育や知識が、偉大な偶像になっている。でもぼくはしったんです、あんたがたが見逃しているものを。人間的な愛情の裏打ちのない知能や教育なんてなんの値打ちもないってことをです」





















































