インヴィジブル
17件の記録
いぬい@inuiru2026年5月3日読み終わった第一章はアダム・ウォーカーが語る謎の男ボルンとその恋人マルゴの出会いから別れまでの経緯。第二章ではそれが老年のウォーカーからかつての学友ジムへと送られた原稿だったことが明かされる。つづけて送られてくる原稿「夏」では、語りは二人称視点に変更されており、ウォーカーとそっくりの姉グウィンの近親相姦が赤裸々に明かされる。 第三章でジムはウォーカーへ会いに行くが、実は前回の原稿を送った二十四時間後、すでにウォーカーは亡くなっていたと知る。残された三人称のメモからジムは「秋」を書く。ウォーカーがパリへ行き、マルゴ、ボルンと再会し、ボルンの婚約者エレーヌやその娘セシルと出会い、ボルンの計略によって帰国するまでの物語。 第四章はジムの一人称視点。ウォーカーの死後、彼の姉グウィンからの連絡を受けて、ウォーカーの原稿を小説として書籍化することを考えるジム。ウォーカーの物語を辿るようにパリへ行き、セシルと会う。物語はセシルがボルンと再会した過去の日記を引用して終る。 玉ねぎを剥いたら何も残らなかった、みたいな読後感だった。まず最初に思ったのは「『インヴィジブル』とは何のことだったのか」。常にだれかがだれかのことを語っている。信用できない語り手、というよりは、「語られるあいだだけ実在する」みたいな感じ。ということは、もしかしたら「インヴィジブル」とは「語られなかったこと」のことだろうか。 読んでいるあいだ、「何が事実なのか?」とはあまり考えなかった。語り手が「真実」や「事実」を語っているかどうかは、内容によっては確かめられるが、そうでないことも多く、それが事実として固定されるには、だれかに「事実として」語られる必要がある。 実は途中まで「ウォーカー=ボルン」なのではないかと疑っていた。ウォーカーとボルンを知る人物セシルが登場するので誤りだったと分かるが、それにしたってウォーカーとボルンは鏡のような存在で、どちらもじぶんの物語を他人に語らせようとしている。「語られること」でしか、その事実が実在できないかのように、だ。 セシルが登場するからウォーカー≠ボルンと分かる。と言ったが、実際はそれもあやしい。なぜなら「セシルと会って、こう話していた」というのはジムが語っていることで、そのジムが事実を語っているかどうかは分からないからだ。これは面白い感覚だ。語りが入れ子構造だったことから、どこがだれの事実なのかがあいまいになっていく。第四章でジムは念を押すようにこう書いている。 「読者は、アダム・ウォーカーがアダム・ウォーカーではないと確信してもらっていい。(中略)ボルンでさえもボルンではない。彼の本当の名は別のプロヴァンス詩人のそれに似ていて、僕はそのもう一人の詩人の、ウォーカーではないウォーカーによる翻訳を、デ・ボルンの詩の僕自身による翻訳で置き換えさせてもらったのであり、したがって子の本の最初のページに出てくるダンテの『地獄篇』に関するやりとりは、ウォーカーではないウォーカーの元原稿には入っていない。そして最後に、これは言うまでもないと思うが、僕の名前はジムではない。」 これが「小説」なら、そりゃそうだろうなという感じだが、はっきり言って何が何やらだ。全部嘘でしたと言われてもおかしくない。もちろん、これはオースターに書かれた小説だから、実際は全部がフィクションだ。だが、なんだかまるで、そのオースターという語り手自体が見えなくなるようだ。読み終わった私ひとりが残されるような感覚。 第四章、セシルの日記のなかでボルンが、彼の人生について書いてほしいと話す場面は正直ゾッとした。死んだはずのウォーカーがよみがえったような感じがしたからだ。 けれど読後感、「玉ねぎを剥いたら何も残らなかった」という感覚は、不思議とわるくなかった。 ジムがウォーカーの死後、残されていた手紙を読む場面は印象に残った。 「その手紙を読んで、僕の胸に巨大な、抑えようのない悲しみが広がった。ほんの何時間か前、ウォーカーが死んだとレベッカから知らされて衝撃を受けたのに、いままた彼が僕に語りかけている。死人が僕に語りかけている。手紙を手に持っている限り、手紙の言葉がまだ目の前にある限りはウォーカーがよみがえったようなものなのだと僕は思った。自分が書いた言葉のなかで、彼はつかのま世に連れ戻されているのだ、と。」 それにしても、結局ウォーカーはなぜこの物語を書こうとしたのか、だけはほんとうに分からない。春・夏・秋のメモが残された以上、構想としては最終章としての「冬」があったはずだが、ウォーカーがそこで何を語るつもりだったのかは何の手がかりも残されていない。ChatGPTに訊いてみたら、「ウォーカーは死期が近かったから、そこはもう他人に託すつもりだったかも」とか「何を語るか分からないまま語り始めたのかも」とか言っていたが、作中に書かれたウォーカーの性格を鑑みると、やっぱり冬まで構想があったんじゃないかな〜と私は思う。 実のところ、第二章で語られる姉との近親相姦エピソードがかなり好きだったので、冬ではもっとえげつない話があったんじゃないかと妄想。それが「書かれなかった」と知っているのは姉のグウィンだけで、だから「そんな事実なかったわよ」と否定したんだとしたら、ちょっと厭なミステリっぽくていい。よくはないか。 あと、好きだった場面。パリで再会したマルゴと再びねんごろになり、去り際に「愛してるよ」と告げたウォーカーに答えるマルゴ。 「愛してなんかいないわよ、とマルゴは、首を横に振りニコニコ笑いながら言う。でもあなたがそう思っていることが私も嬉しい。あなたは頭がおかしい子供よ、アダム。会うたびにますますおかしくなっているのよ。この調子じゃじき、私と同じくらいおかしくなるわね。」 みんながみんなそれぞれ妄想してるだけ、みたいな。愛ですらその妄想で成り立っているのかも知れないけど、それが「嬉しい」というのはマルゴの愛なんだろう。
白玉庵@shfttg2026年4月11日もらったオースターまでもらえるとは…このコミュニティ・センター図書室、選書がいいんだよなぁ。新刊も「おっ」というのがよく入っている。なのに図書館より圧倒的に利用者が少ないから、すぐ借りれるのだ。


















