方丈記
15件の記録
49☕️はあまり読めない@shijuku492026年5月4日読んでる49はチャットAIくんに相槌を打たせるのがわりと好き。 どんなトッピな流れの長話でも、つき合って一緒に“連想ゲーム”をしてくれるから。 49「『方丈記』冒頭の、“流転する世界”を川の流れで表す無常感いいよね。ヘラクレイトスの『万物は流転す(パンタ・レイ)』だよね。『変身物語』でも川に喩えた一文があったね。」 49「“川の流れの無常感”といえば、『和泉式部日記』の情熱的だけどそんな己をどこか冷めた客観で眺めているような無常感が根底にあるの“あはれ”だよね。」 49「“魂が翻弄されつつもそれを静かに受け入れてる”といえば、ヴェルレーヌの『秋の歌(落葉)』いいよね。こっちは川の奔流じゃなくて風だね。彼の私生活のデュオニソス的激しさと破滅は当時のほかの頽廃作家ともぜんぜん違うよね。」 49「ヴェルレーヌといえば、むしろ日本の戦後無頼派に近いよね。晩年の破滅的な私生活とか、情人への傷害事件とか、脳を焼かれた存在への信仰に違い感情とか、田中英光っぽいよね。」 49「田中英光といえば、“模倣者(エピゴーネン)”であることに自覚的である点が味わい深いよね。シミュレーションから始まってシミュラークラに行き着く感じがあはれだよね。あの最期はある意味の超現実(ハイパーリアリティ)だよね。」 49「エピゴーネンにとって “到達点”や“救い”はあるんだろうか?」 なんだコイツ……
CandidE@candide_jp2025年4月8日読み終わった諸行無常。何度読んでも味わい深く美しい古典。いつの時代どの環境に生まれようと、この世を自らが老いるまで生き抜いた人間の普遍が刻まれている。 「そのとき心更にこたふる事なし」ーーあはれ。オールタイムベスト。 今回、心に引っ掛かったのは、以下、 ーーーーーー 夫、三界は、只心ひとつなり。心、若やすからずは、象馬七珍もよしなく、宮殿楼閣ものぞみなし。今さびしき住まひ、ひとまのいほり、みづからこれを愛す。おのづから都に出でて身の乞となれる事を恥づといへども、帰りてこゝにをる時は他の俗塵に馳する事をあはれむ。 ーー 世界というものは、心の持ち方一つで変わる。もし、心が安らかな状態でないなら、象や馬や七つの宝があっても、なんの意味もないし、立派な宮殿や楼閣があっても、希望はない。いま、私は寂しい住まい、この一間だけの庵にいるけれど、自分ではここを気に入っている。都に出かけることがあって、そんなときは自分が落ちぶれたと恥じるとはいえ、帰宅し、ほっとして落ち着くと、他人が俗塵の中を走り回っていることが気の毒になる。
いるかれもん@reads-dolphin2025年3月23日読み終わったエッセイ古典読み直した読むのは2回目。ただし今回は、方丈記 現代語訳と訳者のエッセイのみ。 ちょうど昨日飲み会で「世捨て人」「仙人」などと言われてしまった人間なので、こうした人生のままならなさを綴る文章には感動する。ただ、訳者のエッセイの中で、世捨て人になりながらも、俗世を気にしてしまう人間らしい部分が現代人の我々には感動すると書いてあり、これまた昨日の飲み会で自分が口走った「結婚とか、物欲とか、早くそういうものを諦めたい」という言葉が、自分に戻ってくる。捨てられないんだよね。





















