緩やかさ

緩やかさ
緩やかさ
ミラン・クンデラ
西永良成
集英社
2024年6月20日
4件の記録
  •  昨日につづき、夜はネイボの読書室にきた。『緩やかさ』は、あまりにおもしろく、三日ほどで読みおわってしまった。  クンデラは、この小説の中で緩やかさに速さを対置させている。速さは忘却とむすびつき、緩やかさは記憶とむすびつく。 〝緩やかさと記憶、速さと忘却のあいだには、ひそかな関係がある。ある男が道を歩いているという、これ以上ないほど平凡な状況を想起してみよう。突然、彼はなにかを思い出そうとするが、思い出せない。そのとき、彼は機械的に足取りを緩める。逆に、経験したばかりの辛い事故を忘れようとする者は、時間的にはまだあまりにも近すぎるものから急いで遠ざかりたいとでもいうように、知らぬ間に歩調を速める。〟 〝私たちの時代は速さの魔力に身を任せているので、いとも簡単に自己を忘却してしまう、と。だが私はその命題を逆にして、こう言いたい。私たちの時代は忘却の願望にとりつかれているのであり、その願望を充たすためにこそ、速さの魔力に身を委ねるのだ、と。〟 〝なぜ、緩やかさの快楽が消えさってしまったのだろうか?〟  物語は、いまはホテルとしてつかわれている、あるフランスの古城を舞台に展開する。そこにあつまった個性的な登場人物たちの群像劇がたのしくて仕方ない。彼らの純粋さ、ばかばかしさ、情けなさが、あまりに人間らしく感じられるのだった。
  •  あまりにおもしろい! 〝「あなたはよく、いつか、真面目な言葉が一つとしてないような小説を書きたいと言っていたわね。『きみを喜ばせるための大いなる愚行』とかなんとかといった。そのときがやって来たんじゃないかって、わたし心配なの。だけど、ひとつだけ言っておくわ。気をつけなさいよ、って」 私はさらに深くうなずく。 「あなた、お母さんがよく言っていたことを覚えている?  わたしにはまるで昨日のことのようにきこえるわ。ミランク、悪ふざけをするのはおやめ。だれもおまえのことなんか理解してくれないんだよ。おまえはみんなを傷つけ、そしてみんながおまえを憎むようになるんだよ。あなた覚えている?〟 〝チェコの学者は狼狽した。わずか二分たらずまえに同輩たちが表明してくれた尊敬は、いったいどこに行ってしまったのか?  どうして彼らは笑えるのか、失礼もかえりみずに笑えるのか?  ひとはそんなにも簡単に、讃美から軽蔑に移ることができるのか?  (もちろんだとも、わが友よ、もちろんだとも)それでは、共感はそんなにも脆く、頼りないものなのか?(もちろんだとも、わが友よ、もちろんだとも)〟 〝もしだれかが、わたしの過去を否定したいというなら、ここにわたしの筋肉が、文句のつけられない証拠としてあるのだ!〟 〝前へ進め、無限の尻の穴のなかに!〟
  •  次になにを読もうか考えていて、ふと半年まえに買ったままになっていた『緩やかさ』のことをおもいだした。冒頭部分から読みはじめた。  おそらく郊外の夜道を車で走る夫婦がいる。バックミラーごしには、二人の乗った車を追い抜こうとランプを点滅させる車が見える。それに気づいた妻が夫に「無謀な運転」について問いかける。夫は、その答えから三〇年まえにつきあいのあった「エロチスムの幹部党員」というような面持ちで、オルガズムについて語ったアメリカ人女性のことを思いだす。 〝オルガスム崇拝は、性生活に投影されたピューリタン的功利主義、無為に反対する効率であり、性交を障害に――愛と世界の唯一真の目的である忘我的な激発に到達すべく、できるだけ速くのりこえなければならない障害に変えてしまう。〟 〝私たちの世界では、無為は無聊に変わってしまったが、これはまったく別のことなのだ。無聊をかこつ者は欲求不満で、退屈し、自分に欠けている動きをたえず求める。〟 〝しかし私に言わせれば、快楽主義のアキレスの踵[弱点]は利己主義ではなく、(ああ、私が間違っていればいいのだが!)その絶望的なまでにユートピア的な性格なのだ。〟 〝最初は楽しげで淫らな戯れとして現れるものが、それと知られないまま、不可避的に生死を賭けた闘争に変ずるのだと。〟 〝なぜ、緩やかさの快楽が消えさってしまったのだろうか?〟 快楽、目的、闘争。
  • 葉っぱ
    葉っぱ
    @unafoglia
    2025年3月8日
    「明日はない。聞き手はいない。 お願いだ、友よ、幸福になってくれ。私にはなんとなく、私たちの唯一の希望が、きみの幸福になる能力にかかっているという気がするのだ。」
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