北條民雄集
17件の記録
euy@euy2026年6月24日読み終わった日記を読んで、これでこの本に載ってるものはひととおり読み終わった。 日記を読んでると、いい小説を書いて世間からも認められてるのに、憂鬱な感じで日々を過ごしてて、成功した人でも人生ってそんなものなのかと意外に思う。まあでもこれが北條民雄らしさでもあるか。 和辻を読んで天皇論を考えてるくだりが、東浩紀と同じムーブで昔の人ってみんなそんな感じなのかと驚く。


euy@euy2026年6月22日読んでる未読の随筆、「書けない原稿」「独語」「井の中の正月の感想」「断想」を読んだ。 苦痛にまじで正面から向き合ってるなあって思う。まあ向き合わざるを得ない状況なんだと思うけど。 「苦痛は私に夢を与えた。苦痛によって私はただひとつの夢を得た。 一九三六年は私にとって生涯記念すべき年であった。ある意味においては、この年は私の持っていたもののすべてを失うためにのみ費やされたといえる。実際私は、私の持っていたものをみな失ったのだ。それはみな、この新しい夢を得るための代償であった。ああしかし、その夢が悪夢でないと誰がいおう。一九三七年の私の苦痛はここから始まるのだ。」


- クバ@nrikni_6ook2026年4月30日読み終わった以前角川文庫から出ている、いのちの初夜を読んだ。 それに掲載されていないものがあると友人から聞き購入。自身の随筆や日記が物語ではなく、当時の記録としての書物というのを感じた。 病になってずっと死について考えてきた、しかしそれは『生への愛情だけを見てきたのではないか』という言葉がものすごく心に響いた。 小説の方では死にたい死にたいという気持ちが前に出ても、死にきれない。死にきれないと言うことは生に希望を感じているという事。この、北条民雄の文学がとても好き。 これからも北条民雄の癩を通して人間の生きる希望を記す文学作品を追っていきたい。

つばめ@swallow32025年6月13日読み終わったまた読みたい"人間とは、即ち生きているということなのだ。" 大きな病気やケガなく過ごしていると、この言葉は当たり前に感じるかもしれない。 重病化した人の姿を直近に見る、そして悪化していく自分の病状の中で何度も絶望しながらも生きていく意志をこの言葉から感じた。 こんなに読みながら1つ1つの話に心を動かされたのは初めてかもしれない。 読み終わった後もずっと心がざわざわしている。









つばめ@swallow32025年6月10日読んでる「吹雪の産声」、「望郷歌」、「可愛いポール」、「すみれ」 読めば読むほどどんどん引き込まれて行く感じがする。 「吹雪の産声」は特に読み終わった後の余韻というか衝撃がすごかった。 新しい生命が産まれ、そして亡くなっていく人もいるという生死の対比。生命のつながり。心の支えとなっていた人を失う哀しみ…。 "君は君の生命が君だけのものではないということを考えるべきです。君のものであると共にみんなのものです。みんなの中の君であると共に、君の中のみんななのです。" "いのちは、ねえ、いのちにつながっているんだ、よ。"





つばめ@swallow32025年6月9日読んでる「いのちの初夜」、「間木老人」まで読んだ。 読み始めるとどんどん引き込まれていく感じがする。 病院で重病化した方がの様子を見て、今は軽症でもいずれは自分も重症になり苦しむのではという絶望感。 重病化してもう命を絶ってしまいたいという状態でも、死ぬことはできない。 本を置いて他のことをしていても、ぐるぐると頭の中に場面が浮かぶ感じがして、生と死について考えさせられる。 目次を見ると"童話"という章がある。 どんな内容なのか気になる。


















