いのちは のちの いのちへ ―新しい医療のかたち―

9件の記録
ひさ@hsysyst2025年12月5日読書メモ大事なのは、常に自分自身のあり方そのものだ。 偏見のない自由で開かれたあり方だ。 対話は自分のあり方から始まっている。 対話に対する自分の態度を変えることから始め、その輪を少しずつ大きくしていく。 そうすれば相手や場も自分のあり方に、感化されて、少しずつ変化が起きていくだろう。 小さなことのようだが、そうしたことをおろそかにせず、対話の中で自分だけでも心を開き、心を止めないように、心を動かし続けること。 そうすることで、対話の場面が動き出し、場に参加する人たちの心も動き開かれていく。そうしたことが豊かな場の創造につながるのではないだろうか。p163
ひさ@hsysyst2025年12月5日読書メモ医療界で働くことが自分の心身や寿命をすり減らし、他者に献身的に尽くすことと交換条件になっていたとしたら本末転倒だ。 働き手の心身の充実や健康が大前提であり、自分の心身が満ちて、初めて医療を提供する側も責任ある役割を果たせるのだから。 心身が疲れているのならば、まずは自身の全体性を回復させる必要がある。 働きがいや生きがいは、そうして心身が心地よい場の上にこそ育つ感性なのだと思う。 より良い世界を目指して、機械も技術の革新も常に生まれてきたはずだが、機械化や技術開発自体が目的とならないよう、働きがいや生きがいを感じられる、生き生きとした場の創造の手段として、うまく共生いくことが大切なのだろうと思うp213-214
ひさ@hsysyst2025年12月4日読書メモもし不機嫌にしか対応できない医療者がいた場合、問題を個人に求めるよりも、その人の悪い部分を引き出すような余裕のない環境こそが改善すべき問題点なのではないだろうか。 個人の問題としてではなく、システムや場の問題として捉え場の改善をすることで、個人の優しさや思いやりを引き出せる。環境作りへと視点を変えていく必要がある。p34

ひさ@hsysyst2025年12月4日読書メモ怒りや悲しみと言うマイナスの感情からも、私たちを多く学ぶことができる。 怒りの感情は何を守ろうとし、何を開始しようとして生まれてきたのだろうか。怒りは破壊だけでなく、創造の母体にもなり得るのではないだろうか。悲しみは何を守ろうとしているのだろうか。怒りの底に悲しみがあるのではないだろうか。悲しみにより私たちの心はどういう治癒のプロセスを経ているのだろうかp50-51

ひさ@hsysyst2025年12月4日読書メモ芸術と言うものは、科学技術と違って、環境を変えることはできないものです。しかし、その環境に対する心を変えることはできるのです。 詩歌に感動した心は、環境に振り回されるのではなく、自主的に環境に対面できるようになるのです。 ものを変えることのできないものなど役に立たない無駄なものだと思っている人もいるでしょう。ところがこの直接役に立たないものが心のビタミンのようなもので、知らず知らずのうちに、私たちの心の中で蓄積されて感じる心を育てるのです。人間が生きるためには知ることが大切です。同じように感じることが大事です。p80




