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辰巳
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@divinus-jp
西洋占星術とタロットと聖地⭐️鑑定は原宿・塔里木の対面セッション⭐️予約は店舗まで⭐️オンライン鑑定はサイトにて⭐️アイコンは嵐山晶さん作⭐️
  • 2026年5月23日
    建築知識 2026年 6月号
    お墓が建築なら古墳もピラミッドも、という最近の『建築知識』ちょっとおかしい(褒めてます   300年前にみたカタコンベは衝撃的で確かにローマ街道でそこまで描き込まれているし 鎌倉のやぐらは、いろいろ転用されているけどお墓だし、 長屋王の邸宅から始まる日本建築の連載もあって、なにこれ、おもしろい そして教会にある王侯貴族の豪華なお墓は知ってたけど、トランシについては知らなくて ググっても、チャッピーもピンボケのことしか言ってこないので、そのページにある解説の小池寿子先生のご本を読むことに この解説者が記名されているところが地味だけど素晴らしいのよ (でも、ご著書、絶版となってることが多くて・・・再度、書泉グランデさんの「読みたい本は蘇らせればいいじゃない?!」は、ホントすごい
    建築知識 2026年 6月号
  • 2026年5月21日
    悲しんでいい 大災害とグリーフケア
    東日本大震災のあと読んで、再読
  • 2026年5月20日
    人生のレールを外れる衝動のみつけかた
    誇れることではないんですが、私は割と「なんでこんな事 始めちゃったんだ!」(チ。のヨレンタ)をやりがちなのです そして、それは毎度、成功のストーリーからは外れています でもまあ、そもそも女というだけでドアは閉められていることばかりだったし、大学も専門性のあるものだったので、就活の適性診断もしませんでした なので、むしろ「これしかない」というキャリアとは別に「なんでこんな事 始めちゃったんだ!」は割と多くやってきたのかもしれません 『人生のレールを外れる衝動のみつけかた』 のタイトルはちょっと剣呑なのですが、わりとみんな、やってることだと思います ずっとこれをやってると時間を忘れる、という誰にもある「衝動」を、それを細かく丁寧にみていくこと それは言語化とか自分の外部からの情報を捉えていくこと ということは、これって牡羊座という火のサインの土星と海王星があり、さらに、この2026年夏には獅子座に木星が入るという衝動の火の時代にふさわしい本だし さらに、言語化という事であれば、これも「風の時代」のテーマ そしてその前提として社会的成功と幸福は別だ、という前提は、風の時代の前の土の時代の価値観からの脱却になっている この時期にぜひ、占星術クラスタにも読んでいただきたい本 (そして私は、続けて『増補改訂版スマホ時代の哲学』を読んでいきます) 2024年発刊だけど今、読んだので2026年ベストにいれます
  • 2026年5月18日
    占いをまとう少女たち
    『My Birthday』展があるので、その前に『占いをまとう少女たち』 実はこのマイバースデイの80年代は、自分は必死に勉強したり、メンドくさい恋愛をしたり映画を見たり芝居に行ったり必死にもがいて、この業界からは距離がありました 『マイバースデイ』も含め、世の中のことを知らないわけじゃなかったのですが、明日のレポートだったり、今夜の約束に追われていました この本で議論されているような『マイバ』が示す白魔女より進級を目指していたし、90年代のランキングで自分の場所を確認するより、恋愛相手のポジションが欲しかったのです その後、オウム事件がありスピリチュアルがあり現在は、AIはどういう場所にあるのでしょうか いつの時代もかもしれませんが、この現代もどう理解して、どう折り合っていくのかが難しい時代です 時代という大きなくくりでなくとも、好きな男が振り向いてくれないという願いが叶わないとか、もう戻らないということとも、どうにかして折り合っていく必要があるときもあります そうした時に、AIがそういうものだと知ったうえで、言葉を上手につないで慰めてくれますし必要でしょう また、そういう占い師もいます 占い師に「彼の気持ちは、いまでもあなたにあります」「もう少し待てばお相手から連絡がきます」を聞きにいきたいこともあるでしょう でも、いつまでも逃げているわけにもいきません かといって、現実を優先させて、白魔女より進級という現実的な手段に迫られて、自分の気持ちのケアを後回しにすることがよいこととは限らない どこかで癒やして、どこかで向かい合うというタイミングこそ、人間が占い師ができること、というのはかいかぶりすぎでしょうか
    占いをまとう少女たち
  • 2026年5月12日
    悲嘆(グリーフ)に寄り添う占星術
    悲嘆(グリーフ)に寄り添う占星術
  • 2026年5月8日
    もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら
    申し訳ない 最初は「ありそう~www」って大笑いして読んでいました でも、なぜか、通して最後まで読んだら、不愉快になってしまった 実際、あ、これはあの小説のあの一文だな、とか、これはよく使う言い回し、言葉だなというのがありました 例えば「椅子」という言葉から想像するものは、各自は違うけれど、その本質において共通するものがあるから、私たちは「通じあえる」んだと聞きました イデアというものかもしれません 最後には「著者がリスペクトしているからこその文章模写となっております」とあるので、そういうお気持ちなんだろうなとは思う そうは書いてあるけれど、その作者、著者の本質ではなく、あくまでも模写だからだと、私が感じたせいかもしれない アンドロイドがすごく人間に似てるとむしろ、気持ち悪いように遺伝子型はなくても、表現型だけが似ているものは、遠ざけくなる、みたいなもの でも文章の練習としてはいいかもしれない そしてこれが2017年出版 いまでも活躍されている、読み継がれている方がいる一方で、すっかりその活躍の場を変えたり、聞こえなくなった方もおられる そしていまや、AIにかければできてしまう、かもしれない この10年たらずの激変 でも、読み継がれていく名作、その著者、作者の強さは、模写を軽々と越えていくんだと思います
  • 2026年5月8日
    縄文時代の歴史
  • 2026年4月30日
    本なら売るほど 3
    『本なら売るほど』3巻 なんてことない話のはずが泣きそう タブレット純さんとか、へんなTシャツとか笑うツボはあるのに そしてこの装丁とデザイン、電子書籍じゃなくて手に取ってほしい 最初からいっき読みしておこう おすすめ
    本なら売るほど 3
  • 2026年4月30日
    図鑑を見ても名前がわからないのはなぜか?
    これ、そのまんまだと思うのは「タロットリーディングの本を読んでもリーディングができないのはなぜか?」 「一番カンタンな西洋占星術の本を読んでホロスコープが読めないのはなぜか?」 だと思う いわゆるクックブック方式、レシピ本のスタイルだと「○○星座の人は××」って書いてあって、「ふんふん」なんだけど、じゃあそれを自分の言葉にできない それは「目ができてない」から それをするにはその種(サイン、ハウス、カード等の象徴)のイデアを理解したうえで、頑張って言葉にすること それは似ている種(サイン、ハウス、カード等の象徴)と比較し違いを言葉にすること その訓練で「目ができてくる」
  • 2026年4月30日
    ロマニ・コード 謎の民族「ロマ」をめぐる冒険
    私は、ジェンダーギャップがこの100年以上、身にしみついているジョシです 仕事のうえではガラスの天井どころか、鉄板があって刀折れ矢尽きるまで戦ってきた で、そのうえで、時々「ダンシって、アホだ」と思うことが時々ある 向こう見ずというか、それ、ナンの意味があるの?ということに、命をかけているのをみると「アホだな」と思いながら「さすがに、それはできないわ」と思う その「さすがに、それはできない」大将だと最初に思ったのは、椎名誠さんだった 「さらば国分寺書店のオババ」をはじめ、ある時期、とにかくシーナの本を読みまくっていた (でも、結局、もどってくるんだなというのは彼の「パタゴニア」でしみじみと思ったし、何回も引越をしたあとで手元に残ったのはこの「パタゴニア」だけ そして、この本にはシーナのサインもある なんせ、読みまくっていたのでお気に入りの本を持ってってどこかでサインをもらった) そのアホなダンシは結局、令和では絶滅してると思ったけれど、思いもかけずルーマニアで、ちんちくりんのおっさんを師と仰ぐ言語学者になっていた それが「ロマニ・コード」の角悠介さん これを手にしたのは、彼の「呪文の言語学」を読んだことから 私は、占いをしてるので、魔術から民俗からマージナルなところはその周辺が広大に広がっていて、読書のネタは尽きない なのでこの「ロマニ・コード」もその呪文、魔術関連だろうかと、事前の知識なしに(いや、読めよ)読んでみたら、あら、びっくり ロードムービーのようなエッセイであり、ちんちくりんのおっさんが結構、重要人物だったり おまけに、ちょっと泣ける話でもあったり ちょっと死体がころがってる日常だったり 物価高と円安がすすんで、海外に行かない、行けない私たちはますます、目の前の窒息しそうな仮想現実しか見えてこない でも、このちんちくりんのおっさんの話は、そのせまいローカルルールに窒息しそうなダンシだけじゃなく、鉄板の天井に刀折れ矢尽きたジョシだけでなく、それは自分が勝手につくった「仮想現実」にすぎないんだよ、と教えてくれる そして、ちんちくりんのおっさんと私たちは、まったく違う それは、どちらが上下でも、正しさでもなく、「同じ格好をさせて」でもなく「ただ、そのまま愛し、愛されること」 ヤダ、結構、いい話っぽい そして、「アホだな」という事をするダンシは、日本には住みにくいのだろうか そして私は、「あたし、ちゃんと人間に見えてる?」だろうか
    ロマニ・コード 謎の民族「ロマ」をめぐる冒険
  • 2026年4月17日
    正しい答えを導く質問力
    なんとなくわからない、とか、これで大丈夫なのかな?ということってある でも、その「なんとなく」とか「大丈夫?」をちゃんとつきつめていこうね、という事だと思う 占いに来る方、クライアント、お客様はこの「なんとなく」「大丈夫?」の人も多いです それを私たち占い師がかわって、言語化するのが占いだという面もあります 「え?どうしたの?なぜ?」は聞くかもしれないけれど、この本にあるようなやり方でお客様にはうかがいません お客様に聞かないけれど、私たち自身のなかに問いかけていく そして、お客様に対して、なんとなくの答えをしない いつも気にしていることのひとつです 先日みたドラマでナイスなセリフがありました「わからないことをわかっていないと、わからないことはわからない」(『テミスの不確かな法廷』 ここはわかる、ここはわからなくて不安を細かく切り分けていくこと、大事です それに話しやすいこと、質問しやすさについても触れられています それは参考になりました ただ、中心となるのは部下への指示や仕事での質問の活かし方だと思います 著者は言語化とかコミュニケーション、伝え方の本や講座をされているので、むしろこういったコーチングが本領かもしれません あと「正しい」答え、とタイトルにあるのですが、それが「正しい」かどうかはわからないと思うのです ただ、「明確な」答えであると思います そして、なかで紹介されていた「トヨタの5回のなぜ」は大事 なにかトラブルがあった、なぜ→ここが故障したかたら、なぜ→このネジが不良だった、なぜ→・・・で細かく、みていくこと むしろ、AIとのつきあいはよい訓練になると思ってて 「なんとなく」の質問をしていると「なんとなく」の答えが返ってくる ああそうか、ここにこうしてほしかったとその時に自分が気がつくので、それをさらに盛り込んで、さらにAIに聞いていく 質問力を鍛えるなら、AIいいと思います
  • 2026年4月16日
    縄文神社 関東甲信篇
    縄文人が住んでいた遺跡のある神社、というタイトルかと思います 私も神社やお寺を巡拝しているなかで、縄文人ってホント、いいとこ知ってるなーって思う事が度々です お寺? そう、お寺もそういういい場所にあることも多いですし、そもそも、明治以前の神仏分離の前は、一緒だったよねという隣通しにお寺と神社があることが多いです あるいは以前は神社だったところがお寺になっているところもあります 書かれているように美しい山を拝することのできるところ 湧き水があって森も近いところ 海や川に突き出ていて見晴らしがよくて祭祀ができて交通の要衝となるところ 南に下がっていく水はけのよい土地で太陽がよく見えるところ 私の感じではこんなところです 最初の『縄文神社 首都圏編』も楽しかったのですがこの『関東甲信越編』の方が楽しい 縄文が色濃くのこっている場所、神さまの足跡を感じられるところ、いまも土地のかたに大切に守られている場所・・・そんなところがとても多いと思うのです たぶん、東京とその周辺では縄文海進がすすんで水中の場所が多かったのと、近世以降の江戸文化、火事と震災、戦争とその後の開発と、気づかず失われることも多かったんじゃないかと思います とは言うものの東京にもたくさんの縄文からの土地の記憶が残っています こちらの2冊以外で挙げられている以外で「縄文神社」を挙げるとしたら 南沢氷川神社、どうでしょう? 氷川の名前のように川と湧水に囲まれた小高い土地で、河川の流域から発見された旧石器時代や縄文時代の遺跡も近くにあります ・・・なんて事を考えてやっぱり、○○神社に行きたいな~と思ってたら、ある人から「○○神社、行ってきました」というご伝言もあり さらに不思議なお話も聞きました あらま
    縄文神社 関東甲信篇
  • 2026年4月15日
    死なないやつら
  • 2026年4月14日
    においの歴史〈新装新版〉
    においの歴史〈新装新版〉
  • 2026年4月11日
    「好き」を言語化する技術 プレミアムカバー(推し活)
    言語化というのがテーマでもあるし、ここに書いていること自体、そんな目的があるので、書いてみます 先日、復刊した(このご時世に!紙媒体で!)占いの雑誌「マイカレンダー」で言語化というテーマがあった 占いというのは、統計だとか、アヤシいとかはあるけど、実際にやってるのは、象徴を読んでいく(リーディングという、まさに)作業です 例えば、タロットカードで「恋人」というカードがある 恋愛だと「出会いがありますね」と読んだり、仕事だと「プライベートとのバランスがとれてますね」だったり 恋愛と仕事のちがいはあるけど、同じタロットの象徴の「恋人」を読んでいる この読み方にその人のセンスというか、深さがでてきて、これを言語化するのがおもしろいのだけど、これがまた、難しいところ 先日、スペースのホストをやる関係で、売れてるというこの本も読んでみた 「推し」「好き」をきっかけにしてそれを言葉にしてみよう、という目的 言語化すると推し活はもっと楽しいよね 「推し活」目的に言語化しようは、あってると思う ただ、その先にあるものにちょっと、違和感があった 最初の方で 『文章を書くことにも、技術が必要です。技術を駆使してこそ、いい感想文を書けるようになる』うん、そうだ 『それは逆に言うと、「書く技術さえ理解すれば、いい感想やいい文章は書けるようになる」ということ。』うーん、そうかな・・・ その技術をこの本に書いてありますよ、ということへの導入なんだけど、むしろ「技術だけ」になってしまうと「いい感想やいい文章」になるかもしれないけれど、熱量はすごくさがる気がする このなかでも他人の感想はみないで書きましょう、ということをおっしゃってて、それは否定しないけれど、言語化という技術だけで書かれると、どこか他人の文章をみなくても最後は当たり前になるんじゃないか 終わりのあたりでプロの方が書いたテキストを載せられているのだけど、それって、「上手」だけじゃないと思う 確かに、解説されていたように「ここは、このテクニックです」はあるんだけど、そうじゃなくてむしろ、そこに至る熱量とか感性とかもっとやわらかいものこそ大事 SNSのご時世、とにかく雪崩のように情報がやってくるときに、目につくには、バズってなんぼ、テキストでも伝わるかどうかが大事 どこまで読者をそのコンテンツに滞在させることができるか、が最も大事になってきている でも、それって伝え方、目につく方法のテクニック「だけ」じゃないかな もともとの感じ取ったもの、熱量、感動があってこそ、じゃないかな あくまでも、言語化というのは、感じ取ったものを正確に伝えるための乗り物 タロットリーディングについていうと、恋人のカードで「出会いがありますね」じゃなくて、そのクライアントと状況によって「ちょっと迷ってしまうような状況になりそうです」とか「ノリがあうような相手で」とか乗り物が違うこと でも、乗っている中身は同じ恋人のカードという象徴 乗り物がたくさんあるほど便利だし、乗り物を運転するテクニックが上手なのは楽しい でも、恋人という象徴、抽象化されたものへの理解、あるいは感動、思いを、たとえそれが世間的に悪いこと、自分が不愉快なことであってもちゃんと感情をいれずに言語化する、できなくてもしようとする そしてその単純化できない象徴を理解する、理解しようと続ける それをここではSNSに書くというのを目的にしてるんだけど、確かに多少の反応があるのは良くも悪くも続ける動機になる でも、一方で私はネットにあげるより「日記のように手で書く」も有効じゃないかなと 一方で、この本のなかで言われているようなステップはその通りだと考えてて、特に「細分化する」は大事で、そこふわっとしてはいけない この本では「好き」「推し」をきっかけにしてそれを言葉にしてみよう、なんだけど、私は占いにおいてだけなんだろうけど、「好き」より「あまり好きじゃない」「むしろ、避けたい」を細かく、言葉にするのがトレーニングになると思ってて 石井ゆかりさんというライターで占いを書いている方がおられるんだけど、彼女のブログが毎日、更新されているのだけど、そのタイトルが「筋トレ」だ 毎日、書く 毎日書いているうちに、好きなものだけじゃなく、すべてを書く(しかなくなる) 手段も大事だけど逆にするのは、違う気がする スペースのホストのスペース ここで聞けます → YouTube「辰巳TV」 https://www.youtube.com/channel/UC6bBPeZDOQClYwIjExZlvOQ  の 「〔増補新装版〕のマカロンタロットで学ぶタロット占い」→ https://youtu.be/welKuGoG__A
    「好き」を言語化する技術 プレミアムカバー(推し活)
  • 2026年4月7日
    「いきり」の構造
    私はあまり怒らない ただ、私の周囲の人は冷静に怒るからむしろ、怖いという 怒っていないわけじゃない、ただ感情をのせて抗議しないだけだ 相手にとって自分にとって利益がない、とか、感情だけが残ると思うから 仕事をしているとクレームをうけることもある 一番、ヒドかったのは2時間怒鳴られ続けたことだ 今だったら「カスハラ」という言葉があるから、その場にいた人もスタッフも会社も認識がちがったと思うけれど、当時はなかった (これこそ「言語化」してわかること) 薬局の調剤が遅い、というのがそのおじさんの主張だったのだが、見て通りの人数で、見て通りの患者さんの数をやっていて、2時間一人を拘束して怒鳴り続けると、さらに遅くなるんだけどな、と思った それをいうとさらに怒るので交代に、怒られつづけた 少ないスタッフで仕事をする事に対して、怒られても早くなるわけじゃないし、怒ったところでおじさんにいいことはない 回線がトンでて感情を発散させたかったんだと思う このなかの「いきり」は『いきの構造』からきているとあるけれど、実はよくわからない ただ、2時間怒っていたおじさんがこのところ、年齢、男女、国籍にかかわらずとても増えてきた 一方、妙におとなしい方もこの本にあるように増えている 「そうなっているものだ」という方は黙っているのでわからないだけだ
  • 2026年3月29日
    愛の処方箋
    愛の処方箋
    ご著書のタイトルと柔らかい表紙 あとXのタイムラインに流れてくる「あのね」の優しい口調から、優しく慰めてくれるご本なのかな~、とか あるいはウェブサイトの「ほぼ日刊イトイ新聞」の「新宿二丁目のほがらかな人々」のようなものかな、とか 思っていたんですけど ごめんなさい、全く違いました しょっぱなあたりに「彼のAさんはパチンコ依存で」と書かれてます 一見、事実を書いただけなんですけど、あ、Tomyさん、ドクターだった、と理解した一文です 普通の方なら「彼のAさんはパチンコが大好きで」とか「パチンコに夢中になりすぎることがあって」になると思うのです それを淡々と「事実」を書いてるのです そのあと、神経伝達物質、DSM-5の診断基準からも説明されていて、「愛について」「愛をもって」書かれレいるのに、まったくベタベタしてない しかも、正確性と客観性があり、言葉を定義して説明する そして、淡々と理詰めに言われるのは、そうだろうなと納得する この書き方って論文みたいだし、私にとってはわかりやすい でも、この本を書くのに、時間がかかったとあとがきにあります ご自身の事を書かれるのは痛みをともなうような思いがおありになっただろうし、一方で、ここに至るまでにわかりやすいように例をあげて、論理を重ねておられるご様子がわかります この例のなかに、日々、よく聞くあんな話、こんな話をきちんと、あげておられるのもすごい 「愛とはこんなものなのよ~」みたいなテイストをどこかで思っていた事を反省します 知らずのうちに、自分を否定しているところから、コツコツ、自分を愛することをはじめましょう そして「うつ」に対する描写もとてもわかるーと思ったら、直近の本はうつについてだった 「うつ未満。」 愛について、みなさま、おすすめ ——— 追記:「新宿二丁目のほがらかな人々」は2000年ごろサイトで読んでいてまとまったものを出版されてものも読んでいたのだけど、サイトを見に行ったら、コロナ禍の時にパートナーを亡くされたこと、経営されていた会社が失敗したことが書かれていました 「ボクがボクらしく働けるようになった頃に ふたりは出会いました。」 「ボクがボクらしく生きることができるようになった頃に 同居がはじまりました。」 Tomyさんのご本にも共通することだと思います
    愛の処方箋
  • 2026年3月23日
    この味もまたいつか恋しくなる
    知人にも燃え殻さんが好きという人がいて、話題になっていてこれも2冊目なんだけど、やっぱり私には良さがわからない 好きな知人に悪いのであまり言えないのだけど、ダメダメな自分が大きすぎて、かもしれない 先日、アカデミー賞があってロバート・レッドフォードの追悼でバーブラ・ストライサンドがスピーチをしていた 彼らの「追悼」を最初にみたのはたぶん、テレビだったとおもうんだけど、主題曲といいなにがいいのかわからん映画だった そのあと何回か見る機会があって、いまごろいい映画だなと思うようになった もしかして燃え殻さんの文章もそうかもしれないけれど、いまは、そうじゃないんです、すいません そして、レッドフォード、カッコよかったなぁ ありがとう 安らかに
  • 2026年3月18日
    宗教なんかこわくない! (ちくま文庫)
    書かれたのは1995年。オウム真理教事件の直後に出版されたものだが、あのタイミングでこれが出たというのは、すごい。 そして、これは「今の話」だ。 作中では何度も「自分の頭で考えろ」と書かれている。それに対して「いや、考えてるがな」と思っていたのだが、実は考えていなかったのかもしれない。 オウム事件については個人的に思うところがあり、どうしてもこだわってしまう。当時、「ああ言えば上祐」と言われ、今のネットミームのように扱われていた人物は、テレビにもてはやされていた。 あのもてはやされ方と、昨年あたりからの「サナ活」ブームや支持率の高さは、どこか似てはいないだろうか。 高市総理と上祐さんは同世代だ。 最近、「女ばかり端切れ」のポストがXのタイムラインに流れてきた時、差別に関する多くの投稿を目にした。そのなかに「女をタダで使う感覚」に触れたものがあった。 介護にしても家事にしても、女性が担うことが「当たり前」とされている現状。 たしか、そのポストの内容は「女を使えばいいという感覚は、幼い頃から『女とはこういうものだ』34と刷り込み、自己効力感を奪ったあとで、その状態を固定するために、あえて褒めることで完成する」というものだった。 私は「考えている」つもりだったが、無意識のうちに刷り込みをされていたのではないか。 高市さんも、知らず知らずのうちに刷り込まれた無力感があり、「働いて、働いて、働いて」ようやく認められた存在ではないか。中身がなくのらりくらりと逃げ回る外報部長(上祐さん)をもてはやしていたあの時代と、社会の本質はまったく変わっていない。 というより、むしろ今は、当時が劣化コピーされているのではないだろうか。 「ああ言えば上祐」は、わかりやすく事件性があって国家権力と真っ向から対決したけれど、真に恐ろしいのは、生まれた時から刷り込みを受けてきた人が、あの合同結婚式に象徴されるような、強固で計算高い集団の中に着実に根付いてしまった。それが今の現状ではないだろうか。
  • 2026年3月3日
    あいたくて ききたくて 旅にでる
    あいたくて ききたくて 旅にでる
    田舎の曾祖父母はなぜか母屋ではなく蔵に住んでいた 食事も別だったし、東京のコの私はなんか変だなと思っていたけれど、それが普通みたいで、代が替わると祖父母が今度は母屋をでて作業小屋に移った このなかで民話の「おじいさんは山へ柴刈りに」について書かれています 年老いて村の稲刈りや屋根の葺あいにでられない、村の共同体にいられない老夫婦は田畑を手放して共同体の外の山にいく また山の仕事も体力がいるので加わることができない そういう年寄りと子供は柴を刈ることだけは許されたいた、という話が紹介されている 山へ芝刈りに、の民話の多さはそういった村の共同体から外れた老夫婦の多さではないか、と 私にとってはひどくリアルだった ちょっと前、YouTubeで【怪談×民俗学】人生の節目には「魔」が潜む?生と死を分ける日本の儀礼 https://www.youtube.com/live/9D8tgmVhN-c?si=XQYYjCwJ9cbDpvkl をみていたら興味深い表がでてきて、古本で買ったのが「村と村人」日本民俗文化大系9 ここにもそんな村の暮らしが書いてあって、写真もある 私はギリギリ、そんな暮らしを知っている でも、あっという間になくなっていった ここに聞き取られたお話は、民話でたり、昔話であり、戦争体験であり、怪談であり、拉致被害であり、すべて壮絶な影がある この本でも民話を記録していくことを影踏みのようだと書いておられる 影はいまは、村からなくなったとしても、町の灯りやネットの光の後ろにもいる 都市伝説や炎上に形を変えているけれど、そこには壮絶な影がある
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