生と死の接点
5件の記録
ten@ten_karatsu2026年7月5日人間の生涯を考える上において、日本の伝統はむしろそれを死の方から考えるところがある。「いかに死ぬか」ということや、死後の生命の方が現実の世界を生きることよりも重視される傾向をもっている。これに対して、西洋の自我は「いかに生きるか」ということを中心にいていると言っていいだろう。

Inh@______byeo2026年2月20日読み終わった西洋の生と死(また自我)のしなやかな翻訳だった ユングのいう錬金術のイメージの遠さは、わたしと、心理学そのものの距離とも言える 学問の骨格が西洋にある以上、文化的コスモロジーの前提に立ち、身体に馴染む言語で描こうとする姿勢が必要なのだと感じた 死までを発達とした「全体性」は、論語や四住期説など古来より存在していたものであり、ライフサイクルは西洋が東洋の考えを受け容れることによって生じてきた、とする見解も興味深かった 2/28 追記 リミナリティとコムニタスに、ウィニコットの中間領域と響き合うものを感じた 子どもの「遊び」とは臨床のあり方そのものではないだろうか



