わたしがいなかった街で(新潮文庫)

21件の記録
semi@hirakegoma2026年5月28日読み終わった柴崎さんの本を読むのは3冊目なのに、小説は初めてだった。『あらゆることは今起こる』にもあったが、柴崎さんの中にはずっといろんな時間が同時に流れているんだろう。 日常のバラバラ感、東京と大阪、現在と過去、平和な国と戦争、その断片が物語の中に散らばっていて、微妙な弱いつながりの中でまとまりを感じる感覚は、まさにパラレルに流れる時間を体験する感じに近い。 強い物語性というよりはディテールの集積でできた小説だと思う。 テクニカルな部分は辻原登さんの解説に納得させられる。解説までセットで読むとより味わい深い。 個人的には村上春樹の小説を読んでいた時と似た感覚だった。
山口慎太朗@shintaro_yamaguchi2026年2月21日読んでるp.129 「わたしもお店したいな。いろんな人が来てくれて、しゃべれるのっていいですよね」 「向いてなさそうやで」 「どうしてですか?」 「目が、泳いでるから。人と話すときは目ぇ見ようよ。あー、ごめんごめん、厚かましいってよう言われんねん、わたし。ちょっとー、これ、もう一杯持ってきて」 この、なに、人と話すときは目を見ることを良いものとしていて、やんわり他人に強要してくる感じと、それを厚かましいってよく言われるという何のフォローにもなってないただの自己防衛で包んでくる感じが本当に嫌な奴で、柴崎さんの小説に出てくる主人公が苦手としている人って本当に苦手すぎて胃が痛くなってくる。しかし砂羽さんが先に「わたしもお店したいな」と、沈黙を恐れて会話の糸口として放ったそれがきっとお店をしている身からしたらイラッとしたのもあったと思う。しかし苦手な人だからこそ急いで話のタネを放り込みたかったのもわかる。こういう入り組んだ齟齬ってきっと気付いてないだけでたくさんあるね。 柴崎さんの小説に出てくる主人公の周りの人物は徹底して一面しか見えないが(または全面見えているのに一面しか見えていないように感じる)、それはかなり実際の自分の周りの人間の見えている範囲と似ている。信頼できる人なのかできない人なのか、判断しかねる。いつまでも。だいぶ長いこと友達だったやつが実は平気で金を盗む奴だったり、しますね。この物語における中井のことも、良い奴そうに見えるが確定で良い奴という烙印はいつまでも押されない。我々のこのライフと同じように。その状態でストーリーテリングできるそのありえない曲芸、地上百メートルの高さのピアノ線の上で一輪車乗りながらお手玉やってるみたいなわけわからん摩訶不思議にうねる語り。良い奴だったらいいな、と思いながら周りの友達を見ていた二十代中盤のことを思い出して少し泣きました。良い奴とか良くない奴とかそういう型にはめて納得しようとする目つきのことも、なんかそんなんじゃないんだよと優しく&厳しく咎められている気がします。


山口慎太朗@shintaro_yamaguchi2025年12月20日勝手に大量に発注をかけて平積みにしていたら思いの外どしどし売れるので「お〜、いいね〜」と思い十数年ぶり二度目に読み始めた。世田谷区若林→錦糸町→世田谷区若林という引越しを経るところからスタートするのが素晴らしい設定。錦糸町に住んでいた数年間の世田谷区若林は「わたしがいなかった街」だ。柴崎さんの書く話ってなんか中毒性すごくてぼんやり「なんか小説読みたい気分だなぁ」とかじゃなくて「柴崎友香を読みたい!いま柴崎友香を読めないんだったらもう無理!家に帰る!オギャ~!」ってなるのがすごい






北村有(きたむらゆう)@yuu_uu_2025年3月28日読み終わった岡真理さんの「何ができるかではなく、何をしなければならないか」って言葉を思い出す。何も知らずに生きていても、何かが起こっていたことは確実で、知らなくてもいい、何をしなくてもいいってことにはならない。






北村有(きたむらゆう)@yuu_uu_2025年3月27日読んでるP240 「変えることのできない過去、取り戻すことのできない時間、絶対に行けない場所。それらを、思い続けること。繰り返し、何度も、触ることができないと知っているから、なお、そこに手を伸ばし続ける。」










