チッソは私であった
10件の記録
花木コヘレト@qohelet2025年11月30日読み終わった図書館本水俣病本書の内容が内容なので、ちょっと頭がまとまらず、自由に書かせていただこうと思います。 私はハンセン病について、初心者として少しずつ調べている者なので、まず、ハンセン病の歴史の中で、水俣病における緒方正人さんみたいな人はいたのかなあ?と疑問に思いました。もちろん、すぐ解答は浮かびます。「もしいても重監房送りでこの世にはいないね」というものです。重監房とは草津の療養所の厳しい獄舎のことです。 しかし、ハンセン病患者なも「チッソは私であった」というような天啓を、覚えた者がいます。明石海人という歌人で、彼は「ハンセン病は天刑であり、天啓であった」と、考えました。 二人に共通するのは、ハンセン病と水俣病を、自分ごととして受け入れる、という積極性です。緒方さんは、本書を読む限りあまり健康を害してはおられないようですが、お父様を奪われているという面では、身体をもぎ取られるような思いをされたことかと思います。 また、明石の方は、全盲ということもありますが、短歌からは、むしろ彼の穏やかな性格が伝わってきます。そういう意味でも、ラジカルな緒方さんとは、逆を行くようです。 しかし、私は本書を読んで、ずっとハンセン病が重なって見えていました。こんなとんでもない話があっていいのか?という絶望です。水俣病でも、ハンセン病でも、被害者/病者は、健康を侵されると同時に、人間性をも剥奪されるのです。そして、一度剥奪された人間性は、回復することがほとんどできないのです。 これは、紙をくしゃくしゃに丸めたら、どんなに手で皺を伸ばそうと、元の状態には戻らないことに、似ています。緒方さんは、途中で裁判を辞められたようですが、それは彼の人間性が回復したからではありません。むしろ逆で、裁判をいかに戦っても、自分の人間性や、また海山川の尊厳の回復は不可能であることを悟って、辞めたのです。 もちろん私は、水俣病とハンセン病を抽象して、それぞれの固有性を捨象したいのではありません。これは理解してください。しかし、人間性が傷つけられた者は、それを回復させるのは至難の業であることが、共通することも、まぎれもない事実だと思います。 私には、緒方さんの、魂への直観を肯定することはできても、決して彼と彼の家族の苦しみ、仲間の苦しみ、魚や草木の叫びを十分に理解することはできません。ただ、ラジカルと言われるほどに、狂気的とも一面思われる彼の主張を、ハンセン病とは全く違う痛みとして、新しい胸の傷として受け入れようと、心の涙を流すことは、できると思います。それは絶望の対価として。


















