読書と社会科学
21件の記録
おさとうトマト@fptoma2026年1月18日読み終わった情報を得るための読書に対して、「自分の眼の構造を変え、いままで眼に映っていた情報の受け取り方」、ひいては「生き方」が変わる読書のことを「古典として読む」と定義し、読書論が展開されていく。 「古典」が意味するものは、古い時代に書かれ、その価値が認められている作品のことではない。一度読んだだけでは終わらず、捨てられない想いが残り、何度も何度も読み返して、そのたびに新たなものの見方を得られる作品のことだ。 そう言われれば、大切な本はずっと手元に置いて読み返し、そのたびに新たな発見がある。それらの本は私にとっての「古典」なのだ。 「古典」と向き合うにあたり、重要な信念を一言で表しているのが良い。「信じて疑え」。読者である自分と書き手である作者を、まずは信じて読み進める。その結果、沸き上がってくる「どうして自分はこんなふうに読んだのか」「どうして作者はこんなふうに書いたのか」を深堀りすることが重要だと説く。 流されるままに読むのではいけない。何度も登場する「本は読むべし、読まれるべからず。」の言葉の意味が、少しずつ心に落ちていく感触があった。 後半は社会科学における「概念装置」を獲得するための論で、もう少し知識をつけて再挑戦したい。それでいうと、この本は自分にとっての「古典」になったような気がする。




おさとうトマト@fptoma2026年1月12日読み始めた@ 千章堂書店昨年10月に開催された八王子古本市で購入。 1985年に刊行された実践的読書論。概念を用いて物事の本質を見極める社会科学の領域で、本をどのように読むべきかを論じている。 「本は、読むべし 読まれるべからず」という帯に惹かれた。初版本にも関わらずとてもきれいで、大切に読まれていたんだろうなと想像する。



rimo@rimo2025年3月6日かつて読んだ再読中大学一年の時に本の読み方を教わった本。まずは著者を信じて寄り添いながら読む、本を読むのではなく本を通して社会を読む、自前の概念装置を身につける。 この本を読んだ時から意識していることが、今でも生きている。

















