

しまりす
@alice_soror
読書記録として備忘録で使おうと思います。
- 2025年4月11日
- 2025年4月11日女たちがつくってきたお酒の歴史マロリー・オメーラ,椰野みさと気になる
- 2025年4月11日汚穢のリズム奥田太郎,酒井朋子気になる
- 2025年4月11日なくなりそうな世界のことば吉岡乾,西淑気になる
- 2025年4月10日みんなどうやって書いてるの? 10代からの文章レッスン国崎和也,安達茉莉子,小沼理,武田砂鉄,石山蓮華,荒川洋治,金原瑞人,頭木弘樹気になる
- 2025年4月9日奇書の世界史三崎律日気になる
- 2025年4月9日わたしの、本のある日々小林聡美気になる
- 2025年4月8日ハリー・ポッターと秘密の部屋 <文庫新装版>(2-2)J.K.ローリング,松岡佑子読み終わった再読中今時点での発見 ・例の日記についてのハリーの発言「この人、マグルの出身にちがいない。ボグゾール通りで日記を買っているんだから……」 ・「T・M・リドルという名前は、一度も聞いたことなないのに、なぜか知っているような気がした。リドルが幼いときの友達で、ほとんど記憶のかなたに行ってしまった名前のような気さえした。」ものすごい伏線 ・日記はハリーに過去の断片的な記憶を見せる前、ハリーの語りかけに結構饒舌に答えていた ・日記の記憶の中は白黒でなくカラー ・ハグリッドの小屋にきたコーネリウス・ファッジ→背の低い恰幅のいい体にくしゃくしゃの白髪頭、悩み事があるような顔の下は、細縞のスーツに真っ赤なネクタイ、黒い長いマントを着て先の尖った紫色のブーツという奇妙な組み合わせの服装だった。ライムのような黄緑色の山高帽を小脇に抱えている ・ジニーは秘密の部屋に連れ去られる前、ハリーたちに事情を打ち明けようとしていたが、パーシーが勘違いして妨害 ・トム・リドル在学中、ダンブルドアは『変身術』の先生 ・バジリスクと配管内での追いかけっこはなくて、アクションシーンは結構サラッと書いてある ポリジュース薬を使うより、透明マントでスリザリンに潜入すればよかったのに ハリーのフォークスを呼び寄せるシーン、ダンブルドアへの信頼の言葉に、展開は知っていてもやっぱり胸が熱くなった 今作のダンブルドアの至言「自分が本当に何者かを示すのは、持っている能力ではなく、自分がどのような選択をするかということ」 ハリーがルシウスにドビーを解放させるところ、いつもスカッとする
- 2025年4月8日ハリー・ポッターと秘密の部屋 <文庫新装版>(2-1)J.K.ローリング,松岡佑子読み終わった再読中今時点での発見 ・ほとんど首無しニックがピーブズを焚きつけてくれたおかげで、ハリーはフィルチの罰を受けずに済んだ ・ハリーとロンが嘆きのマートルに初めて会うのは、彼女が取り憑いている3階の女子トイレではなく、ほとんど首無しニックの絶命日パーティ(ハロウィンと同日)にて ・ギルデロイ・ロックハートの処罰(空飛ぶ車・アーサーが魔法を施した中古のフォード・アングリアでホグワーツに向かうため空を飛び途中透明ブースターが壊れてロンドンの多くのマグルに見られて且つ着陸時に暴れ柳を傷つけたため)の帰りにハリー1人で最初の被害者、石化したミセス・ノリスを見つけたのではなく、ほとんど首無しニックの絶命パーティの帰りにハリー、ロン、ハーマイオニーの3人で出くわす。処罰の時は恐ろしいバジリスクの声をハリーだけが聞くのみ ・ロンがアラクノフォビア(生きているの限定)なのは、3歳の時フレッドのおもちゃの箒の柄を折ったことの仕返しに、フレッドがロンのテディ・ベアをばかでかい大蜘蛛に変えたから ふと思ったのだが、ハグリッドとニュート・スキャマンダーは同じ魔法生物好きとして馬が合うはず、関わりはあったのか。。時代が違いすぎる?なんならビル・ウィーズリーも。先の作品で関わりがあって欲しいな
- 2025年4月3日咒(まじない)の脳科学中野信子読んでる自分で自分の発した言葉に驚かされることがある →意味理解に使われる脳機能部位と、音声言語を発するための脳機能部位が異なっていて。おたがいに連絡をとるには遠い距離にあるため 発した言葉が無意識のレイヤーに影響する 真言、陀羅尼、アル=クルアーン「読誦されるもの」などは読まれる音を大事にし、美しい響きを持つ 認知科学的には美しい音の連なりやくり返しには、人間の思考を止める力がある 人間の一生は不完全情報ゲーム 戦略立案能力や論理的な最善手を迅速に探す能力よりも、「相手がどう考えるか」を読む心理戦 近年、脳科学ブームが続いているのは、脳科学がこうした技術の源泉になり得る科学的な根拠を与えるものだと一般に考えられているから 呪詛による突然死、Voodoo Death(ヴードゥー・デス) 「誰かからネガティブで攻撃的な感情を向けられているに違いない」という信念がアドレナリンの動態を変化させることによって心血管系が深刻なダメージを受け、それが死につながるという生理学者による考え方 プラシーボ効果、ノーシーボ効果 偽薬でODに至るケースも、医療の現場での言葉の選び方や伝え方にもある程度の配慮が必要 「競争に負けたオス」の負けグセが子に伝わる実験 虐待された側がする側になるという説 私たち人間の脳は苦痛よりも、快楽に弱くできている 正義中毒より根深い依存の実態 空気がルールの「コンプライアンス中毒」 依存症というのは本人の意志の力や心の弱さなどといった個人の資質に拠るものではなく、そもそも人間には快楽に抗える仕組みがないために、極めてベーシックな人間の(あるいは生物の)脳の機構を由来として起こるということを知っておく必要がある サイコパスは反社会性パーソナリティに分類される しかし、大衆の声が認知構造を支配せんとする時代となったいま、場合によっては、向社会性を維持しようとする大多数の人々のほうが、少数の反社会性パーソナリティの個体よりもずっと恐ろしいという現象が周期的に起こるようになった 「ウソをつく脳」が恋愛強者か恋愛弱者かの分かれ目 男性では恋愛経験の乏しい人ほど正直者 報酬が期待されるときに側坐核の活動がより高くなる人ほど、ウソをつく割合が高い 側坐核というのは、脳におけるいわゆる“快楽中枢”である 自分たちはそれと気づくことができないほど、私たちは自分たちのつくった虚構の中に搦めとられて生きており、この虚構を制する力を持つ者が世界を制すると言っても過言ではない なぜ人は「わかりやすいもの」を見下すのか 現代アートはただ心地よく美しいだけでは価値を持たない、わかりにくく「難解」であることこそがその作品の質の高さを担保するのだという、ある種のスノビズムがこの中に内包されている バーラインの理論、覚醒レベルを上昇させる刺激特性を「覚醒ポテンシャル」と呼び、複雑さや新奇さがその刺激に相当する 感性評価と覚醒レベルの関係は逆U字型の関数になると考えられる つまり、理解しやすく、よく見知った刺激に対しては、単純であるとして物足りなさを感じ、時には批判するが、覚醒水準を最適にする刺激の値ーーどの程度の単純さと複雑さを持った刺激ならば最も快を高められるのかーーは、感情の種類、そして受け手によっても異なる わかりやすさを理由に最初から敬遠して見ることすらしない人、というのは、この覚醒ポテンシャルのレベルが一定以上でないともう満足できなくなってしまった、閾値の上がりすぎた人 より難解で、複雑で、わかりにくいものに新奇性を感じるため、好もしく思う 現代アートの面白さは作品ないしは展示というひとつの「虚構」を通じて、現実を客体化して見る目を鑑賞者にもたらしてくれる点
- 2025年4月2日246沢木耕太郎読んでる引き続き自身の娘さんとの心温まる日常、ディック・フランシス『奪回』、長岡出身のヨットマン多田雄幸から依頼の新潟講演「行形亭(いきなりや)」にて話は冒険で最後はを冒険のシジフォス」植村直己について、帰路中に読んだ植村直己について長尾三郎『マッキンリーに死す』とラインホルト・メスナー『エヴェレストーー極点への遠征』、芹沢博文の例会不参加につきお詫びに会費だけでもと自宅まで娘を連れて、米長邦雄の「濁り」について、藤原新也「乳の海』、中公にてジャーナリズム論、映画『カイロの紫のバラ』、『一瞬の夏』苦心してつけた題名が実はこの連載を始める2年前に高安国世の詩集で存在していた(大岡信の「折々のうた」より判明)、ロバート・キャパの伝記翻訳について翻訳の大家の永井淳に研究社の新英和大辞典を薦められる、ジョージ・ウィンストン『オータム』を聴きながら今後の視界の晴れない見通しに思いを馳せる、吉行淳之介論の執筆につきの彼の著書を雑読『湿った空乾いた空』もともとは小野実の『何でも見てやろう』を素材とした異国論が連載化したもの「異国への視線」、相手の既知のことだけでなく知りえない意識の上に乗せてもいないことを引き出せるような優れたインタヴュアーである吉原敦子さんのインタヴューを受ける『馬車は走る』を取り上げるにあたって、原稿用紙に意味をなさない抽象的な図形を悪戯書き→執筆前の儀式のようなもの、4日間の鹿児島の養蜂家取材『たくさんのふしぎ』「ハチヤさんの旅」、銀座の飲み屋帰りのタクシーの運転手談:子供は3歳までの可愛さをもって親孝行を既に終えている 「ジャーナリズムの熱狂」p.294-296 「永野一男刺殺事件、日航機墜落事件、三浦和義逮捕劇」の年 「『異様』だったのは、事件そのものであるより、マスコミであるかのようでもあった。」 ジャーナリストとはなにか。ジャーナリストの数だけあるが、伝える価値があると思われる情報をできるだけ早く伝えようとする者と定義すれば、沢木は「伝える価値のある情報」とも「できるだけ早く伝えよう」とすることとも無縁と語る 「自分に興味のある対象を、自分とその対象との関係を完結させるためだけに書いてきた。伝えるべき相手である読者への視点がまったく欠落している。……ジャーナリズムというものに必須の、『いま』という時代に対する信仰心を欠いている。ジャーナリストとは、『いま』という時代に爪痕を残すために、永遠を断念する者……しかし、私はやはり、永遠とまでいかないにしても、時間に耐えられるものを書きたいという思いを捨て去ることができない……私はジャーナリズムに身を置きながら、常にジャーナリズムからの逃走を試みている者」
- 2025年4月1日ハリー・ポッターと秘密の部屋 <文庫新装版>(2-1)J.K.ローリング,松岡佑子読んでる再読中今時点での発見 ・ドビーがケーキを落としたのはメイソン夫人ではなくハリーの上 ・隠れ穴に行った後最初にしたのは庭小人の駆除 ・ダイアゴン横丁でハリーのメガネを直したのはハーマイオニーではなくモリー ・ルシウスとアーサーはフローリシュ・アンド・ブロッツ書店にて乱闘になり、ハグリッドが止めに入る
- 2025年3月26日246沢木耕太郎読んでる引き続き自身の娘さんとの心温まる日常、映画『台風クラブ』について、古井由吉『槿』の再読、テレビ出演の是非、雪野健作氏の永田洋子観、雪の日のチェーン装着、松本楼で芹沢博文九段の会(1年断酒明け)にて名人戦の米長邦雄敗退を巡る関係者の声、坂口弘の最終弁論をへて自分と同時期在学した同大学出身の連合赤軍事件で死んだ者たちを思い書いた「雨」、中3で課題の日記に対する先生の才能を見抜く慧眼のコメント、永田控訴審結審、杉山隆男や黒川創など新しい才能の台頭、三軒茶屋とブルックリンについて、「連合赤軍」の植垣康博とロス疑惑の三浦和義の拘置所からの返事、金子正次主演映画『竜二』監督の川島透と考え方が合い意気投合→映画作りの関与に意欲、金子正次の本『正次』を書いている生江有二との邂逅、高倉健と東宝の島谷と映画シナリオの打ち合わせ、講演受諾の原則は同じ話を二度しないことと過大な謝礼のところは敬遠すべしという2つ、眉村卓のチダカッサ、ロンドンマラソンの中継、ロスオリンピックの瀬古利彦とコーチの中村清について 古井由吉を読んでみたくなったし、映画『竜二』の川島透の作品を観たくなった。沢木耕太郎のスポーツ評はまだ十分に読めていないが、読み慣れないせいか少し強い熱のこもった物言いのようでびっくりしてしまった。本当にスポーツ好きなんだろうな。
- 2025年3月25日ハリー・ポッターと賢者の石 <文庫新装版>(1-2)J.K.ローリング,松岡佑子読み終わった再読中今時点での発見 ・ダーズリー夫妻からクリスマスプレゼント、五十ペンス硬貨 ・みぞの鏡、ハリーの両親だけでなく親族複数が写っていた ・蛙チョコのダンブルドアカードにニコラス・フラメルの記述あった ・ノルウェー・リッジバックのノーバートのくだりはかなり長かった、ロンの長兄チャーリーが密かに引き取りに協力してくれて、ハリーとハーマイオニーで塔の上からノーバートの移送に成功、その後チクりにきたマルフォイと共にマクゴナガル先生に見つかり懲罰を受ける ・禁じられた森の処罰にて、ユニコーン殺しの調査、二手に分かれるがトラブルあり一度組み分けをする ・ケンタウロスは3頭出てきて、それぞれロナン、ベイン、フィレンツェと名前があり、惑星の動きを読み占星術のようなことをする、本来人に馴れ合わず人を乗せるのは恥ずかしいことだが、フィレンツェは危険を察知し構わずハリーポッターを乗せる ・「悪魔の罠」の際、ハーマイオニーが「薪がないわ!」とパニックになる ・魔法使いのチェスの後、論理パズルがあって1人しか先に進めない、ハーマイオニーが見事に解く ・ハリーにハグリッドが両親のアルバムを渡したのは、ホグワーツを離れる時ではなく、医務室にいる時 みぞの鏡、心の一番奥底にある一番強い『のぞみ』を見せてくれるが、鏡が映すものが現実のものか、果たして可能なものなのか判断できず、みな鏡の前でへとへとになったり、鏡に映る姿に魅入られてしまったり、神経を病んだりした。 →自己啓発本を読んで全能感を得て、現実とのギャップに疲弊して病む人に似てる。 ダンブルドアには、もしかしたらグリンデルバルドと睦まじく過ごす自分が見えていたのかもしれない、それで妹と弟が側にいるとか。 「死とは長い一日の終わりに眠りにつくようなもの」「きちんと整理された心を持つ者にとっては、死は次の大いなる冒険にすぎない」「どういうわけか人間は、自らにとって最悪なものを欲しがるくせがある」p.228 「目に見える印ではない……それほどまでに深い愛を注いだということが、たとえ愛したその人がいなくなっても、永久に愛されたものを守る力になる」p.231 ダンブルドアのセリフ、、金言ばかり。。 魔法使いのチェスで自分を犠牲にして2人を進ませようとするロンの勇気に、1人で先に進もうとするハリーにハーマイオニーが心配し激励する友情に、ダンブルドアの語るヴォルデモートすら退かせたハリーを命をかけて守ろうとした母親の愛情に、昔読んだ当時この上なく感激した感情を思い出した。勇気・友情・愛情なんて、口にすると虚しく響いて陳腐なものだけれど、こういう物語の中で幼ながらに学んでいくものなのだと思う。大人になっても大いに心を動かせる。大人になったからこそ深い感動となるのではないかとも思う。 あとがきを読み、静山社の社長手ずから翻訳に取り組んだと知った。他よりも随分と力の入った作品なのは小学生でもわかった。この作品が日本に入ってきた時に学生時代を送れて私は幸運だった。まだ未熟で柔らかく移ろいやすい情操にかなり大きな影響を与えたと思う。
- 2025年3月25日大学教授のように小説を読む方法[増補新版]トーマス・C・フォスター,矢倉尚子気になる
- 2025年3月24日手の倫理伊藤亜紗読んでる西洋の触覚論 石や木のようなものが対象、人の体を対象としてない、「さわる」偏重の触覚論 3つのポイントを「さわる」から「ふれる」へ更新していく 西洋哲学の文脈では触覚は「劣った感覚」 精神的感覚と考えられた視覚が最上位 ex.プラトンのイデア論(「見る」意味を持つイデインというギリシャ語に由来) ◎【距離】の有無による→視覚と聴覚が上位(精神的)、嗅覚、味覚、触覚が下位(動物的) ◎【持続性】の問題、認識するのに時間がかかる ex.インドの寓話、「群盲象を評す」非西洋社会でも劣った感覚 c.f.モリヌー問題 大陸合理論(ライプニッツ)v.s.イギリス経験論(ロック、バークリ) →「架空の盲人」byジョージナ・クリーグ、視覚障害者の学者 コンディヤック『感覚論』(1754) ◎私が私にふれるとき、それは同時に「ふれられているのは私だ」という感覚をもたらす この触覚に特有の主体と客体の入れ替え可能性を、本論では触覚の【対称性】と呼ぶ 対称性は「体をもった物理的な存在としての私の発見」という形で経験 触覚は、「魂を自己の外へ脱出させる感覚」 実際、私たちは自分の体の輪郭をみうしなうということがありうる うつ展の時の感覚、「自己の輪郭の急激な変化」 病でなくても、日々の生活のなかで自分の輪郭を見失い、不安にかられることがある そんなとき、ふと何かに包まれたり抱きしめたりすることで、精神的な安心を得たり、確かさの感覚を取り戻したりすることがある さわることでさわられ、そのことによって自分の存在を確認する 私たちが輪郭を見失ったとき、触覚の対称性ざ、確かな安らぎをあたえてくれる p.64-65序のまとめ的な部分 ◎【距離ゼロ】 触覚はさわり方しだい、ふれ方しだい 触覚は「さわる」「ふれる」という身体運動の結果として得られる ex.大福、普通にさわれば皮のやわらかさ、表面をなでるようにさわれば柔らかさというより乾いた粉っぽさ 畳、目と並行になでればツルツル、逆らうようになでればザラザラ、手のひらでなく指一本で触ればい草の繊維を細かく感じ、寝そべってほっぺたを押しつければひんやりした心地よさ、上に立てば足裏でふれるというより「乗る」ことになり、板張りの部屋から移動した時は柔らかさと弾力を強く感じる 「触感は『触り方』である」by仲谷正史ら『触楽入門』 対象についての情報と、それを得ようとするときのさわり方(触探索動作)六つ ・テクスチャ……表面をなでる ・全体の形……両手で包み込むように触れる ・細かな形……輪郭をなぞる ・硬さ……圧をかけて押し込む ・重さ……手のひらで受ける ・温度……手を置いて静かにする →「さわる技術」も問題になる、「ふさわしいふれ方」 ドイツの哲学者ヘルダー『彫塑論』(1778) 西洋の触覚論のなかでは例外的に、「生命」という観点から触覚について論じる(こちらも健常者側からの視点なので架空の盲人的になっていることは否めない) 従来は絵画と同じく視覚的とされた彫刻は触覚的な芸術と主張「絵画は視覚のために、彫刻は触覚のために」 触覚には、視覚や聴覚なはない、人間がこの世界で生きていく上で重要な役割がある 視覚を排することで見出した触覚の「深み」 視覚=対象を「横に並んでいるもの」として捉える感覚→絵画 聴覚=対象を「時間的に前後するもの」として捉える感覚→音楽 触覚=対象に「内部的にはいりこむもの」として捉える感覚 さわる手に対して、 ⑴対象がみずから語り出す(さわり方しだい) そしてこの語りにおいて、 ⑵動きのレベルで対象がとらえられている 「生命」「魂」、内部にあるもの、奥にある「たえず動いてやまない流れ」を手はとらえる「彫刻は内へ内へとはいりこんで仕事をする。存在し永続せよとばかり、生命をおび、魂にあふれた仕事である」 自然が作り出したものの内部にある、生命や魂のたえず動いてやまない流れ。この「自然のことば」を聞くことが触覚の役割、それを形にするのが彫刻という表現 我々は人の体にふれることで、その表面の情報(その人の肌の柔らかさやすべらかさといった物理的な質についての情報)を得るだけでなく、相手がいまどうしたがっているか、どうしたくないか、その衝動や意志のようなものにふれられる 触覚の「内部的にはいりこむ」性質が、「対称性」に結びつく 「ふれることは直ちにふれ合うことに通じる」、この「相互嵌入の契機」、「いわば自己を超えてあふれ出て、他者のいのちにふれ合い、参入するという契機」が、「さわる」にはない、「ふれる」ならではの深みを作り出す 触覚以外の互換、色「を」見る、音「を」聞く、臭い「を」かぐ、甘さ「を」味わう 「ふれる」に関しては、額「に」ふれる 助詞が違う、他の感覚と違って、主体と客体を明確に分離せず、内部に入っていく感覚だから 哲学者の坂部恵『「ふれる」ことの哲学』(1983)→和辻の「間柄」をめぐる倫理学にやや批判的「『間柄』のありか。『人と人の間』だけにかぎった和辻哲郎の『人間の学』が『間』の学としてはややせますぎるきらいがある」 ラグビーのスクラムの例 『味方を感じる』のは、お尻の部分。前に押そうとしても、後ろの選手と一緒に上手く縦方向に力を入れて伝えないといけない。味方同士で自分の感覚を伝え合う 味方だけでなく敵の意志も触覚を通して感じ取らなければならない ラグビーは「相手選手と自分の共同作業」 セーリングの例 より複雑に、三次元的に感じ取る お尻で感じる船の挙動や加速感、ロープから伝わる帆の張り具合で風がどこから吹いてきているか感じ取る 「当て舵」波の動きや傾きを読んで小刻みに舵を当て、船がフラフラ前後左右に傾くのを防ぐが、舵を切ってから、ボディがその操作に従うためのタイムラグを考慮しなければならないので風や波の動きを予測しながら、先回りして舵を切らなければならない「ディレイを含み込んだ触覚のスポーツ」 「ふれる」触覚は、物理的には「距離ゼロ」で相手の体に接触するとしても、知覚はその表面にとどまらず、「内にはいりこむ」性質を持っている 「ふれる」は物理的に距離があるほど、つまり相手の体との接触が間接的であればあるほど、表面の知覚にまどわされずに、純粋に内にはいりこんでいける 距離があるほど、逆説的にも入っていける このことは触覚が「距離ゼロ」というより、「距離マイナス」であること、対象の内部にある動きや流れを感じ取る感覚だということを示す
- 2025年3月24日自炊の壁: 料理の「めんどい」を乗り越える100の方法佐々木典士,山口祐加気になる
- 2025年3月24日246沢木耕太郎読んでる引き続き自身の娘さんとの心温まる日常、神楽坂新潮クラブで『血の味』の自主的カンヅメの日々(2/12-3/6動かず、人称が決まり動き出す)、『一瞬の夏』が新田次郎文学賞の第一回に選ばれた縁で出向いた新田次郎を偲ぶ会、大企業の社長との飲み屋での出会い(辻留、正月は柳橋へ、花見には千鳥ヶ淵へ、鮎の時期には多摩川川べりへ、酉の市には浅草へ、ふぐの季節には築地へ)→河野洋平氏の大臣就任を祝う会、麻布の「北海園」での異種間交流、犯罪報道における匿名報道についての否定的な意見の多さ、映画『アグネス』、『再会の時』について、『警察回り』の連載2回目でカンヅメ入りの本田靖春について(篠山紀信『往復写簡』の相方)、以前ゴーストライトした「死者への追走」の『馬車は走る』に収録不可の旨、また同書の三浦和義の原稿の実名許可の件、故近藤紘一氏の未発表作品について、吉行淳之介、吉井由吉、日野啓三『夢の島』の3人の共通点「都会的」、荒川洋治『ボクのマンスリー・ショック』についてまで読んだ。 新田次郎の次男は、『若き数学者のアメリカ』、『国家の品格』の数学者藤原正彦 ジェイムズ・クラムリー『ダンシング・ベア』、『酔いどれの誇り』の続編 実は『深夜特急』の省略された部分がかなり鮮烈なものだった。沢木耕太郎の大学時代がその時期だとはわかっていたが、流石に生々しかった。確かにこれを入れるとこの旅行記の雰囲気も意味も含めて全体のトーンがかなり変わってしまう。削除して正解だが、本作で出してくれてありがたいと思う。これは『深夜特急』には必要ないが、彼の矜持とか思想とか、根幹に関わる部分だ。 薔薇の香やつひに巴里は見ざりしか 五十八 「見ないものこそが美しいということもある」 沢木耕太郎にも父母がいるか、と当たり前のことなのに当たり前でないような気がした。 ハグラーv.s.ウガンダの勇者ムガビ戦解説者の佐瀬稔「これはもう、どちらが恨みや怒りを多く持っているかということですね」
- 2025年3月24日女の子のための西洋哲学入門キンバリー・K・ガーチャー,メリッサ・M・シュー,三木那由他,安倍里美,山森真衣子,木下頌子,村上祐子,権瞳,横田祐美子,清水晶子,筒井晴香,西條玲奈,酒井麻依子,青田麻未,飯塚理恵,鬼頭葉子気になる
- 2025年3月24日千年の読書三砂慶明気になる
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