わかりあえない他者と生きる
5件の記録
cherry@jieyi09022026年2月24日読み終わった「普遍的な倫理」は結局のところ、民主主義に着地した。これに関し、私は最初そう唱える著者に西側至上主義を感じて反発を覚えたが、逡巡した挙句、結局ここに落ち着いた。「人を殺してはならない」という価値観は実は普遍的でない。「殺さざるを得なかった」状況は確かに存在する。殺しそのものの是非や罰の調整を人々が議論できる環境こそが普遍的な倫理が行き渡った状況なのだと思う。
おいしいごはん@Palfa0462025年10月20日読み始めた読まず嫌いをしていたのだけれども、他者については興味があったので読み始めた。 前提としている考え方が違うし、おそらく焦点も全然違うのでほえ〜って感じで読んでる。 新実存主義における他者性 "他者性とは差異の総称なのです。"(p.21) →色々と説明されているが、つまるところ差異は同質を前提としているため、それが人間の形相を保証しつつ、しかし表象としては同質ではないために他者として存在することになる、みたいな感じなのかな。(概念については、私自身哲学に詳しくないため当てはまりの悪い語を使っているかもしれない) 従来の哲学における他者認識 “他者性に対立するものとしてのアイデンティティという概念は実に問題のある発明で、人間であることの形相と具体的な実現を混同した考えだからです。”(p.24) →人間性が(ある程度?)そのまま実現される、という含意をアイデンティティは含んでいるということかな。 その先の議論も考えるとカテゴリの否定とも言えるのかもしれない。こういう属性の人はこういうことをする、みたいなカテゴリと実現をセットにした考え方を否定していると理解した。 “日本人全員に意味ある形で共通しているものなど、パスポート以外にはありません。しかしパスポートはアイデンティティではありません。パスポートを持っているとは、紙きれを持っているようなものです。ボンの住民全員が同じ紙切れを持っていると想像してください。だからといって何でしょうか。たかが紙切れ一枚にすぎません。”(p.25) 他者と折り重なって生きる、ということ “このように私たちは常に、たえず互いを訂正しています。さらに互いを訂正するだけでなく、例えば今あなたが私の話を聞いてうなずいているように、私たちは社会的なジェスチャーをやりとりして、他者がそこにいること、私たちが関心を持っていること、耳を傾けていることなども示しています。こういう方法で私たちはお互いにたえず、他者の行動を変えているのです。”(p.27) 社会学とかであれば相互行為論などが近そうな考え。最近だとアクターネットワークなどの考えも近いけど、あれは非人間もアクターとして捉える時点でこの話よりも枠組みが広い。心のレベルと別の箇所で話しているから、グループダイナミクスとかもちょっと近いかな。





