イルカも泳ぐわい。
16件の記録
みっつー@32CH_books2026年2月6日読み終わった暇は日常で起こっているあらゆる事柄をぼんやりとさせるパワーを持っている。 例えば、小学生の頃、4時間目終わりの放課後、永遠かと思われた夏休み、習いごとに行くまでの空き時間。 しっかりと思い出そうとすれば思い出せるかもしれないけれど、ドッチボールをみんなでやったんだか、プールに行ったんだかどうか、一旦家に帰って録画していたアニメでも見ていたのか、どうも、ぼんやりとした記憶しか残っていない。 反対に、嫌なことはめちゃくちゃ覚えている。 学芸会でワンテンポ遅れダンスをお披露目したとき、塾でおしゃべりし過ぎて先生にブチ切れされたとき、給食の八宝菜のことを気持ち悪いと感じていたとき、などなど嫌なことはすぐに思い出せる。 でも、その嫌なことを、僕は「忙しかった」と言い換えたい。頭の中の動きとかも含めて。ダンスの練習、休憩がてら外にでて外のぬるい秋の空気を感じながらみんながフィードバックしているところをぼーっと眺めていたところとか、塾ではその前から喋ってた人たちがいたのに、たまたま自分たちが喋り始めたタイミングで怒られたことを不当に感じていたり、八宝菜のドロドロしたところや、茹でられ過ぎた黄身がボソボソしていたり、頭の中が忙しなかった。 ある種のゆとりは、余計なことを考えなくていいから、とても楽だ。 しかし、今の自分はYouTubeでゲーム実況をやりたくて、本をたくさん読んで学びたいことがたくさんあって、それを言葉に換えて誰かに届けたいと思っていて、多分、忙しくしていないと、ぼんやりとした記憶を掴み取ることができない。 そうしてやるべき事が全て終わったあとに、外に出て見る世界は普段とは全く違う見え方になっている、気がする。 眩しくも優しく照らす太陽、小鳥のさえざり、風に吹かれた木々の葉と枝が擦れる音、遠くの方では茶色のハンチング帽を被ったおじいちゃんが薪を割っている音がしていた。おれはどこに住んでいるんだ。 ふざけてしまったが、実際、忙しく、仕事をやり遂げた後に、絶大なる多幸感を感じた経験は誰にでもあるのではないだろうか。 もちろん、休むことも大事だ、休めるに越したことはない。 けれど、僕は本当に甘ったれた日常を送ってきているため、今こうやって、忙しく、熱中して、自分のやりたいことに熱中できていることが、何よりも嬉しい。 実写版の『ちはやふる』を見てから、僕の中で「努力コンプレックス」というものを感じるようになった。 「僕は努力をしたことがない」 その事実が、どんなに恥ずかしくて、不名誉で、もったいないことだということに、薄々は感じていたけれど、やっぱり悔しかった。 多忙からの、多幸。 今の僕は、これを大事に生きている。 Aマッソ・加納愛子さんの『イルカも泳ぐわい。』という本を読んだ。 お笑い芸人さんのエッセイがとても好きだ。ピース又吉さん、オアシズの光浦さん、ピン芸人のヒコロヒーさんのエッセイを今まで読んできたけれど、他の方はそれなりにネタ番組や、バラエティ番組で見てきたけれど、Aマッソに関してはこれまであまり見てこなかったという点がある。 Aマッソがテレビに出てないというわけではなく、僕は基本的に同じ番組をずっとぐるぐるしているため、自分が見ている番組やYouTubeに登場する機会があまり多くないと言えるコンビと認識していた(例えば嵐の番組にはよくノブコブの吉村さんや、ハリセンボンがよく出てるなぁと言われれば伝わる人もいるかもしれない)。 強いてAマッソで知っていることと言えば、紙媒体のネタと、さまぁ〜ずチャンネルに出てたなぁということと、エッセイの著者である加納さんの相方のお名前が「むらきゃみ」であることである。決して小悪魔ageha出身のギャルタレントではない、でも「むらきゃみ」なのだ。ゆうちゃみ、みりちゃむ、むらきゃみ、ではないのだ。 ただ、先に書いた「紙媒体のネタ」が相当にクセの強いネタであるからにして、結構小難しいネタを書く人なのかなぁ?と思い、エッセイをパラパラと捲っていった。 お!? おおお!? おーーーー!! みたいなエッセイだった。 なるほど、やはりちゃんとクセの部分もたくさんある、クセというか、哲学とお笑いが同時に生息しているような不思議な文体だと感じた。 しょうもないことが気になったり、勝手に頭の中で駆け引きしていたり、突然ファンタジーが盛り込まれていたり、加納さんの頭の中が忙しい。 その思考を覗き見させてもらっているというか、加納さんこ頭の中をパカっと開けたら、チャリンコや、映画のDVDや、サンパチマイクや、拳銃や、弥勒菩薩が刺さってましたみたいな、ガチャガチャとした脳が出てきそうなまである。 その脳の間に唐突に、 極力努力したくない人の「自分が選んだ道を肯定する能力」というものを、私は初めて目の当たりにした。この子は、この先もきっと私より胸を張って生きていく、と直感した。 加納愛子『イルカも泳ぐわい。』p.180 不必要なものだけを堪能できるようになれば、それは最高の娯楽になるはずだと、私は信じている。 加納愛子『イルカも泳ぐわい。』p.13 みたいた文章が挟まってくる。 ゆとりと忙しなさの間に、ハッキリとした何かが見えてくる。 忙しなさを排除しようとするには、結局のところ忙しなくしなくてならない時も訪れたりする。 僕はこれからも、なんだかんだで、忙しなくするんだと思う。 それが今は楽しいし、何者かになりたいと、やはり強く、願ってしまうから。 ほっそい建物と、スターバックス。


ももか@peach1292026年1月20日読み終わった読書ノート図書館本 三宅香帆さんのポッドキャストで加納さんを知って、加納さんのトークが(思考が)めっちゃ面白かったので本も読んでみた🐬おもしろかった!!感性が好き



















