フッサール『ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学』7月
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チョコ次郎の夏@CircusInMyHead2026年7月7日読んでる東洋大学哲学教授の稲垣諭先生のX(旧ツイッター)によると、カントの乗り越えを図ったフッサールの「無意識の現象学」は、ドゥルーズにも大きな影響を与えたらしい。 フッサールの「超越論的現象学」の「超越論的」とは、カントの概念である。 ドゥルーズの概念としては、「超越論的経験論」か。 ドゥルーズの狙ったカント越えについて識ったのは、法政大学経済学部の私が所属したゼミの後藤浩子教授の書、『〈フェミニン〉の哲学』の終楽章、『マイナー哲学としての〈フェミニン〉の哲学』によってであった。 フッサールの衣鉢を継いでのドゥルーズによるカント越えを踏まえると、西研先生の仰る、時代は前後するが、フッサールを使っての、ドゥルーズをも含めた、「ポストモダン思想」を乗り越える、という理念も、一筋縄ではいかないぞ、と思う次第である。


- ゼビア@Xivia2025年7月28日かつて読んだ哲学「接触するメディアごとにまるで別世界を生きているかのような分断も生まれています」p.10 だから可能世界論も受け入れやすくなっているのか。SNSは世界信念の3つめの条件 p.90 になり、共有現実の信念がつくれるだろう。間主観性の欠如が他者との調和がとれず自分ファーストに引きこもる理由でもあるのだろう。「問題意識がなければ、本質観取はうまくできない」p.103 はい。問題意識がなければ、哲学することも、生きてゆくことも、うまくできないと思う。


















