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@shelf_soya
しずかなインターネットで書く日記のなかに読書記録を埋め込む
  • 2026年3月2日
    シモーヌ 2026年冬号
    シモーヌ 2026年冬号
    特集2も読み終える。特集1の「どの命が生きるに値するか」と特集2の「選択的共感」、それぞれへの抵抗はつながっていると感じる。飯田麻結さんの論考がすごく良い。『フェミニスト・キルジョイ』の翻訳者だった。こちらも読みたい。 セックスワーカーは人身取引の被害者ではないこと。買春者を処罰する北欧モデルは結果としてセックスワーカーの労働環境をさらに過酷に追い込むこと。監獄フェミニズムについて。「象徴暴力」という概念を知った。 "「象徴暴力」とは「社会的行為者に対して、その行為者の共謀を伴って行使される場」を指す。フランスでは、この概念はヒジャブ禁止やセックスワークをめぐる議論に広く用いられ、政策立案者は支配される人々──ここではヴェールを着用する女性やセックスワーカ──が無意識に支配されることを受け入れ、さらには支配される権利を主張しているという。"p.130 他者を自分の意思で語ることができない存在としてみなすこと。選べないんだろうと決めつけることと、自分の意思でえらんだのだから自己責任であるとみなすことは裏表だとも感じる。岡真理『彼女の「正しい」名前とは何か:第三世界フェミニズムの思想』や丸山里美『女性ホームレスとして生きる〔増補新装版〕』を思い出す。しかし強制的に第三者が選ばせるのではなく、その気になったときに選べる状態を作っておくこともまた必要。
  • 2026年2月28日
    シモーヌ 2026年冬号
    シモーヌ 2026年冬号
    特集1のやまゆり園事件に関するパートを読み終えた。以下の3つが特によかったけど、なかでも座談会は知らなかったことばかりで読んでいて落ち込んだ(しかし読めてよかった)。 ・座談会「ケアワーク視点で振り返るやまゆり園事件」(福祉の目的が「自立支援」に書き換えられる2000年の社会福祉法の改正による福祉のネオリベ化) ・近藤銀河さんの映画『月』の批評(個人の悪意を固定化するのは社会的な制度であり人間の集団) ・栗田隆子さんの「生産性」と「労働」に関する論考(経済活動について、家計から企業への労働力の流れしか考えない人間には「搾取」の目線しかない)
  • 2026年2月27日
    斜め論
    斜め論
  • 2026年2月26日
    ヒッコスでひっこす
    木の上に住むのもたいへん。リアリティラインのおもしろさ。
  • 2026年2月26日
    失踪の社会学
    失踪の社会学
  • 2026年2月25日
    Tシャツの日本史
  • 2026年2月25日
    勉強の哲学 来たるべきバカのために 増補版
    「深追いしているうちに目移りしてしまう」は自分の勉強姿勢というか、興味があって本を手に取る時の流れとまさに一致している。勉強の「有限化」はまさに、次に読む本を選ぶ際に興味があるテーマが多岐に渡りすぎて本を抱えて立ち尽くしている自分に必要なキーワードだったし、実行できるかどうかは分からないにせよ、「自分なりに考えて比較しつつ、比較をある程度で中断する」のうち、考えて比較する、をもう少しやりたい。仮固定もそうだけど、『他者といる技法』を思い出しながら、去年からのテーマが「宙吊り」であることを再確認した。
  • 2026年2月25日
    勉強の哲学 来たるべきバカのために 増補版
    "勉強とは、新たに言葉に出会い直すことで、その「言語の痛気持ちよさ」をまた反復することなのです。だから、人は勉強を恐れるのではないでしょうか。言語という他者が自分を乗っ取ることの恐ろしさと気持ちよさの謎めいた混合を、恐れるのではないでしょうか。" p.117 乗っ取られることの不快・快の感覚ってある、と思いながらページの最後から始まる千葉氏の幼少期の体験に、まさに本で読んだ言葉を使って友人らに揶揄われた自分自身の体験が引きずり出された。「ノリが悪い」を今度は意識的にやるところから始める。
  • 2026年2月24日
    センスの哲学
    センスの哲学
  • 2026年2月24日
    現代思想入門 (講談社現代新書)
  • 2026年2月24日
    センスの哲学
    センスの哲学
    とてもおもしろい。絵画をどう楽しむか、この絵を好きと思った際に自分の頭の中でどのような動きがうまれているかだけでなく、川柳を作る・鑑賞する際にもヒントになるような本。
  • 2026年2月23日
    現代思想入門 (講談社現代新書)
    哲学書って記憶媒体という意味でプーアール餅茶ってこと?と思いながら読む
  • 2026年2月20日
    祈りの海
    祈りの海
  • 2026年2月16日
    置き配的
    置き配的
  • 2026年2月16日
    置き配的
    置き配的
    第9回「サイボーグじゃない、君は犬だ、と私は言う」でダナ・ハラウェイ!と思っていたら、人間の他者としての犬に発生する責任の果たし方に関する記述に胸がいっぱいになってしまった。 --- カートに乗せられた犬の移動を散歩と呼ぶためには、道具の着脱可能・付帯的なありかたが確保されなければならないのだった。人間はともに生き、ともにサイボーグ化してきた一種としての、個体としてのー歴史を共有する犬に対して、それでも君は犬で、いまカートに乗っているのはたまたまのことで、これはいつもの散歩なのだと言う責任がある。つまりこれは、権利の問題ではなく責任の問題である。権利は普遍的に付与されるものであり、責任は主体的に引き受けるものである。言い換えれば、権利には他者がいないが、責任はつねに他者関係において発生する。そしてこの場合、他者とは人間にとっての犬であり、引き受けるべき費任とは、道具の着脱可能・付帯的なありかたを言うこと、もっと強く言えば、君はサイボーグではなく、これは散歩だとウソをつくことである。 p.198
  • 2026年2月14日
    貞久秀紀詩集
    貞久秀紀詩集
    『ひとごと』で引用されていた詩がよかったので購入。とてもよい。ひとつの短い詩の中で点がどんどんずれていって今自分が立っている場所がぐにゃぐにゃし出すところが、川柳の好きなところと似ている。
    貞久秀紀詩集
  • 2026年2月14日
    批判的日常美学について
  • 2026年2月13日
    置き配的
    置き配的
  • 2026年2月13日
    ひとごと
    ひとごと
    コミュニケーションがないのではなくコミュニケーションしかないことへのさみしさ、日記を書き続けることについての文章がよかった。『置き配的』も読む。
  • 2026年2月13日
    ひとごと
    ひとごと
    p.109 誰かと親密になるということは、そのひとの固有性を見いだすことかもしれないし、そのひとでなくもなさを様々にストックしていくことかもしれない。後者の場合それは他の誰かに重なり合い、いつか会う誰かにその面影を見たり、そもそもいつかの誰かの面影を見たからそのひとと仲良くなったのかもしれない。
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