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socotsu
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@shelf_soya
しずかなインターネットで書く日記のなかに読書記録を埋め込む
  • 2026年2月24日
    センスの哲学
    センスの哲学
  • 2026年2月24日
    現代思想入門 (講談社現代新書)
  • 2026年2月24日
    センスの哲学
    センスの哲学
    とてもおもしろい。絵画をどう楽しむか、この絵を好きと思った際に自分の頭の中でどのような動きがうまれているかだけでなく、川柳を作る・鑑賞する際にもヒントになるような本。
  • 2026年2月23日
    現代思想入門 (講談社現代新書)
    哲学書って記憶媒体という意味でプーアール餅茶ってこと?と思いながら読む
  • 2026年2月20日
    祈りの海
    祈りの海
  • 2026年2月16日
    置き配的
    置き配的
  • 2026年2月16日
    置き配的
    置き配的
    第9回「サイボーグじゃない、君は犬だ、と私は言う」でダナ・ハラウェイ!と思っていたら、人間の他者としての犬に発生する責任の果たし方に関する記述に胸がいっぱいになってしまった。 --- カートに乗せられた犬の移動を散歩と呼ぶためには、道具の着脱可能・付帯的なありかたが確保されなければならないのだった。人間はともに生き、ともにサイボーグ化してきた一種としての、個体としてのー歴史を共有する犬に対して、それでも君は犬で、いまカートに乗っているのはたまたまのことで、これはいつもの散歩なのだと言う責任がある。つまりこれは、権利の問題ではなく責任の問題である。権利は普遍的に付与されるものであり、責任は主体的に引き受けるものである。言い換えれば、権利には他者がいないが、責任はつねに他者関係において発生する。そしてこの場合、他者とは人間にとっての犬であり、引き受けるべき費任とは、道具の着脱可能・付帯的なありかたを言うこと、もっと強く言えば、君はサイボーグではなく、これは散歩だとウソをつくことである。 p.198
  • 2026年2月14日
    貞久秀紀詩集
    貞久秀紀詩集
    『ひとごと』で引用されていた詩がよかったので購入。とてもよい。ひとつの短い詩の中で点がどんどんずれていって今自分が立っている場所がぐにゃぐにゃし出すところが、川柳の好きなところと似ている。
    貞久秀紀詩集
  • 2026年2月14日
    批判的日常美学について
  • 2026年2月13日
    置き配的
    置き配的
  • 2026年2月13日
    ひとごと
    ひとごと
    コミュニケーションがないのではなくコミュニケーションしかないことへのさみしさ、日記を書き続けることについての文章がよかった。『置き配的』も読む。
  • 2026年2月13日
    ひとごと
    ひとごと
    p.109 誰かと親密になるということは、そのひとの固有性を見いだすことかもしれないし、そのひとでなくもなさを様々にストックしていくことかもしれない。後者の場合それは他の誰かに重なり合い、いつか会う誰かにその面影を見たり、そもそもいつかの誰かの面影を見たからそのひとと仲良くなったのかもしれない。
  • 2026年2月11日
    ひとごと
    ひとごと
    善人、悪人、馬鹿者のたとえにおける「善人と悪人」「馬鹿者」(一人一人の人ではなく、自分の中に全ている存在)は、近代における自己決定が可能な存在こそがただしい人間、という枠組みをずらす考え方のひとつととらえた。『他者といる技法』のことも思い出している。
  • 2026年2月10日
    ひとごと
    ひとごと
    p.10より 「ひとごと」とは、あたうかぎり慎重な曖昧さで定義しておくと、ある他者が私を主体でなくしてしまい、ふたたび我に返ったときに私がその他者に感じる、醒めた感じ、である。そこで立っている杖、から、眼を逸らすことができるのは、杖が放っておいても立っているからであり、同時に、私もまたどこかしらそうであるからだろう。 道徳も真理も腐りきっているとしたら、いったいひとは何を拠り所にして生きていけばよいのか。そんなものはない。しかしそれはたんに人生の厳しさであるだけでなく、楽しさや喜び、あるいは優しさの条件であるだろう。雑多な文章が収められたこの本に通底するのは、「ひとごと」との距離のうちにある、そのようなポジティブな条件の探究である。 私が自分であったり自分でなくなったりすることを可能にしてくれる他者。主体としての私は誰かに対してそのような他者であることはないかもしれないが、私が知らないあいだに私から剥がれる何かは、誰かにとっての自立する杖かもしれない。
  • 2026年2月10日
    耳のために書く
  • 2026年2月10日
    ひとごと
    ひとごと
  • 2026年2月10日
    かたちは思考する
  • 2026年2月9日
    怪物たちの食卓
    並行してハンターハンターを読み返していたため、キメラアントに人間味を見出すゴンと、ゴンに怪物的な要素を見出すキメラアント、人間と人間ならざるものを区別する要素とは、というテーマはこの本とも通じるところがあった。 一方で、赤坂氏の語り口や「怪物」という切り口での読み解きがおもしろいのか、紹介されている作品が単純にどのような結末に至るのか、またその読みは、と続きが気になって読んでしまっているのかわからなくなる部分もあった。この本の中であらかた、その悲惨で辛いストーリーがばらされてしまうため、作品じたいを手に取るのに腰が引ける、あるいはその「捕食者としての女」という反転も結局男女二元論に基づいたものでは?と思うような作品が多く、取り上げられているから自分でも読んでみよう、という気がなかなか起こらないものが多かったかも。映画と原作の比較があった『ボールズアンドオール』には結構興味がわいた。幻想・奇想の物語という意味では澁澤龍彦『天使から怪物まで』も読んでみたい。
  • 2026年2月9日
    奴隷と家畜
    奴隷と家畜
  • 2026年2月7日
    黙々
    黙々
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