齟齬の誘惑

9件の記録
  • utautomo
    utautomo
    @timeescape
    2026年7月31日
  • 1997年から1999年頃の、著者が東大総長時代の式典の式辞や、大学関係の機関誌、広報、会報に寄せた文章、あるいは講演の採録などをまとめた一冊。 あとがきで、式辞などは「適当」に書いて切り抜けられるものを、「そのつど真剣かつ真摯に書いていた」といっているとおり、その場を成立させるためだけの通り一遍のスピーチではなく、また、著者一流のユーモアもふんだんに盛り込まれていて、読んでいて受ける。なかなか本題に入らない回りくどギャグとか、その場にいたら笑ってしまうと思うが、会場のじっさいの温度感がどうだったのか少しだけ気になる。 “近代のコンプレックスを助長しているのは、いたるところに危機のありかを指摘してまわる者たちの口調をなめらかにするこの悲観主義にほかなりません。それが堕落した近代の言説の政治性だとするなら、こうしたコンプレックスの病状判断はごく単純なものであるはずです。実際、してはならないことについてなら饒舌に語りはしても、やってよいことについては口をつぐんでしまうというのが、その典型的な症状にほかなりません。禁止については敏感でありながら、肯定することにはいたって無頓着な近代のコンプレックスにとらわれた者たちは、悲観的であることが言説の正統性の保証であるかに勘違いしているのです。「終わり」をめぐる言説の退屈な単調さは、肯定への感性を意気阻喪させたことに由来しています。” p.164 “ことスポーツに関する限り、参加することに意義があるなどといった根も葉もない世迷いごとに、断じて騙されてはなりません。あえて競技に参加するなら、その意義は、ひとえに勝利することにあるからです。いったんゲームが始まったなら、完膚無きまでに敵を蹴散らし、これを再起不能に陥らせねばなりません。そのために、精神と肉体の限りをつくすこと。それを除いてスポーツの意義などあろうはずもありません。” p.236 “ところで、小津の場合にはまず日本神話というものがございました。小津はなぜか、非常に日本的だと日本人も思い込んでおりましたし、ヨーロッパの人たちも最初は何のことだかわからない。同じ顔した人たちが何度も出てきて、次の映画を見ても、また「おはよう」なんてことを言ってるわけです。そのうち外国人もだんだん 名前を覚えてきて、いまでは笠智衆という名前はもっとも有名な役者の一人かもしれませんが、あの笠智衆が出てきて、「そうかね」と言う。その次の映画を特集で見ると、笠智衆が今度は違った女優に向かって「そうかね」と言ってるわけです。あれはなんだ、というのが 最初の反応でございました。” p.270
  • 匙
    @sajisann
    2025年4月7日
  • obama
    obama
    @obamabooks
    2025年4月7日
  • 服部雄也
    服部雄也
    @yuya
    2025年2月13日
    やばいですこの本。やばい
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