別冊NHK100分de名著 集中講義 旧約聖書 「一神教」の根源を見る

8件の記録
いぬい@inuiru2026年10月7日読み終わった100分de名著がセールになってるよー、というのをReadsのタイムラインで知った、ありがとう、知らないひと……! 『創世記』の冒頭では世界の成り立ちについてふたつのパターンが併記されている。この件について「どちらか真実か、という話ではなく、矛盾するふたつの話が並べられているのなら、その事実に意味がある」と書かれていてのっけから衝撃を受けた。た、確かに。 32p " 「聖書に書かれていることはすべて真実だ」といった単純な立場を否定するべきだということが、聖書の冒頭に記されていることになります。「真実」という言葉を使い続けるならば、「真実でないことを真実だとすることは、真実な立場ではない」というメッセージが、聖書の冒頭で示されている、ということになります。" 著者はプロテスタントの研究者らしい。「聖書学」というのを初めて知ったんだが、「こ、こんなこと言ってしまっていいのか?!」と思うようなことがいろいろあってハラハラした。時に「揚げ足取りでは?!」みたいなツッコミもあるのだが、テキストを読むっていうのはこういうことなんだな……と勉強になった。 121p " しかもここでは、「愛」が命令されています。「あなたの神、主を愛しなさい」。「愛しなさい」という命令がなされているのですから、「民」は「神」を愛していないのです。神は民を助けたのに、民は神を愛していない。そうでなくては、このような命令がなされることにはなりません。" 141p " 法律であるとは単純には思えない、法律として遵守しようにもどうすれば良いかきわめて分かりにくい内容で、テキストのジャンルが、普通に考えられるような「法律」というジャンルからかけ離れたものになっています。「法律として守ろうとしても、法律とは考えにくいテキスト」が「法律」とされています。 このようなものがつくられたのは、この「律法」が変更不可能であることを見越して、将来に生じると想定される問題を未然に回避するためだ、と考えられるかもしれません。 エズラは、ペルシア政府の高級官僚です。しかし、ペルシア政府の命令を単純に執行するような者ではなく、法律として機能しないような「律法」をつくって、同胞が変更不可能な掟に縛られてしまうのを避けようとした、と評価したくなるほどです。" 「神」「信仰」「神的存在」と「宗教」というのは切って離せないものだと思っていたが、ここでは「宗教」というのはあくまで人間の行為であって、人間が「神を代行する」ようなことは信仰の行為ではない、というように書かれている。「言われてみればそうなんだが、なんとなく明言しちゃまずい気がしてたなあ」ということが書かれていて面白かった。 あと、結構ゾッとしたのは、ユダヤ教の神は未来の希望をつたえているが、その「未来」はいまも訪れていないってくだりだな。信仰って全然分からんなと思ってるんだけど、本を読むほど「ますます分からん」ってなる。
- 不眠屋@brotlose_lehrer2025年1月20日かつて読んだ100分de名著どうにもとっつきにくい『旧約聖書』の、手軽かつ体系的な解説書。 文章としては話が飛ぶことがあり、(100分de名著シリーズにしては)やや読みにくいが、その深遠なる内容には適切なのだと思う。 「神は恩寵をもたらしてくれるものである」 という価値観に凝り固まった人は、恵まれない時に神を呪うが、『旧約聖書』の神はハナから恩寵など与える気がない。 なんなら試練ばかりを与える。 繰り返される民族への試練は、正しさや生き方を問い直す契機になり、そのたびに神も捉え直される。 彼らの苦闘は人生に真摯に向き合った際の「なぜ」に満ちており、その問いには決して終わりがない。 『旧約聖書』時代の人々がぐっと身近に感じられるようになる1冊。
やん@grilledyangyang2023年1月23日読み終わったかつて読んだ神とは、王権とは、敬虔とは、罪とは。律法至上主義になった経緯を哲学?ってくらい複雑に論じててクソ難しいな、って思いました(作文)KindleUnlimited最終日に読むものではなかった。理解が追いつかん。 また、一般的な研究なのか筆者独特の見解なのか分からないけど、創世記の原初史はソロモン王権の比喩である、との論説は興味深かった。曰く、 ・アダムが手にした知恵の実はソロモンの智慧であり、神権と王権の断絶の比喩である。 ・カインは神の如く振る舞うソロモンの王権の比喩である。 など、原初史をJ文書とE文書の成立過程に着目して、ダビデ朝の王権形成を当局に睨まれない様な比喩表現として書かれた、という見方か。 神話形成が現実社会の影であるという説はロマンがあって大好物なのだが、JE文書が諸部族の口伝によるものだとしたら、ダビデ朝より遥か以前の話になのでは?



