はじまり

5件の記録
ジクロロ@jirowcrew2025年12月28日読み終わった受動的なはじまりというものは、すでに終わりを孕んでいる。戦争、自然災害、パンデミック。しかし「受動的」であるがゆえにその終わりを見出せずにいる状態のこと。 能動的なはじまりというものは、外的な事象そのものではなく、それらを動かし、絶えず流れ続けさせているその流れの滞留を身体的に感知し、それを一旦言葉により一つの堰として設(しつら)えること、あるいは他者あるいは自己の無意識により設けられた堰に気づきそれを受け入れること、そこからはじまる。 滞留、そのボリュームに、堰を切るのに必要な力は比例する。だから少しずつ、その「少しずつ」こそが希望のはじまりであるということ。 はじめから孕んでいるその終わりを、必然として肯定することから、ほんとうの「はじまり」がはじまるということを。


ジクロロ@jirowcrew2025年11月24日読んでる「「思考において始原的であるもの、それは不法侵入であり、暴力であり、敵である」。つまり、それは危険なもの、わたしを脆く、不安定にするもの、身を固く守るわたしに課せられるもの。いつもの道を外れざるをえなくするもの、わたしを回り道させるもの。はじまりとは、現実がわたしたちに切り傷を負わせ、挑発し、わたしたちを動揺させるとき、思考が「不法侵入によって、世界の偶然から生まれ出る」まさにその瞬間のこと。私の注意を否応なく集中させるものとの偶然の出会いこそ、「思考するという受難」の根源にあるものだ。」 p.95 思考のはたらきは免疫に近いのではないかとふと思う。外部からの偶然の侵入に、思わず発動してしまうところ。 しかし免疫と異なるところは、最終的に、その暴力的な偶然という裂傷を、自身の身体(記憶)に、物語として取り込もうとする受容性、その包容力ではないか、とも。

