給食の歴史
9件の記録
くりーむ@cream2026年2月15日読み終わった(承前) 「双方向的」と括弧付きで書いたのは、とうぜん、ここに挙げた関係性には力関係・支配関係が存在しているわけなので、対等な双方向関係でないからです。 とはいえ、構造的な力関係に注力するあまり、相対的に劣位に置かれるものの「抵抗」や「戦略」が後景化してしまうことには注意を払わないといけないとおもいます。そのような観点から書かれた本だ、とちょっと踏み込んで言ってみてもいいのかもしれない。 塚原伸治さんの祭り論とかもそんなことを言っていたような気がします。たしか、ナカニシヤ出版のやつです。


くりーむ@cream2026年2月15日読み終わったその名のとおり、給食の歴史についてです。 扱われる観点は主に5つあって、 1. 子供(及びその保護者の)貧困対策 2. 災害との関連 3. 社会運動としての側面 4. 教育・訓育としての機能 5. 国際的な覇権争いのなかでの位置づけ だとおもいます。 給食は、戦争及びそのための青年体位の向上が、直接のきっかけとなって実施されることがおおいようである。また、日本の戦後給食は、アメリカが日本国民を舌から馴致する或いは統治・治安維持の側面を持って始められたことは確かです。 一方で本書で確認されるのは、給食というものがある上位者からの一方的な押しつけとしてだけ発展してきたのではなく、「給食を食べるものと作るもの」「給食を作るものと食材を作るもの」「制度の上で給食を実現するものと制度を作るもの」「食材を輸入する(受け取る)ものと輸出する(わたす)もの」( 国家)という重層的な関係性のなかで、絶えず交渉が繰り返され、「双方向的に」給食の経験が作り出されてきた、という側面にほかなりません。 たとえば、給食を考えるものは、システムに則ってただ作るのではなく、工夫を凝らし、並々ならない努力を重ね、子どもたちに給食を届けてきたし、給食を受ける子供も、時には給食を家に持ち帰り祖父母や兄弟に分け与えるなど(それ自体がいじらしく、また、かなしいのだが)、給食の意義・その体験を創出してきました。 藤原はこのような点に注目して、給食がよりよいものに展開していく端緒を見定めているような感じがあります。それは、主体性を見出し・光をあてる試みだと言ってよい。こういってしまうにはちょっと書き方が大味ですが、給食のエスノグラフィーといいたくなるような一冊でした。














