
本田読
@hoppusteppu45
- 2026年10月24日
- 2026年10月24日
教養として知っておきたい宗教学中村圭志気になる - 2026年10月24日
図書館のつくりかたアンドレ・レトリア,イネス・フォンセカ・サントス,木下眞穂気になる - 2026年10月24日
北朝鮮ポップスの世界カルロス矢吹,高英起気になる - 2026年10月21日
父がしたこと青山文平 - 2026年10月20日
殺し屋の営業術野宮有読み終わった社内で度々表彰されるほど凄腕の営業マン鳥井は、ある日の営業先で殺し屋の仕事現場に出くわしてしまう。 あわや殺害といった最中、鳥井は二億という莫大なノルマに頭を抱えていた殺し屋に自身の営業成績をプレゼンし、営業として雇ってもらうことで命拾いする。 この時、私は鳥井を裏社会に迷い込んでしまった不憫な一般人だと思っていた。 ところが、鳥井はその世界のルールを、自分の営業に利用し始める。相手も違法な世界にいる以上、脅されても警察には頼れない。その弱みを突き、かつて思いつきながらも試せなかった脅しや不退去といった営業術を、積極的に実行していくのだ。 ここで私の中の鳥井像が変わった。恐ろしい世界に放り込まれた一般人だと思っていたのに、その世界でこそ発揮できるものを、彼はもともと持っていたのではないか。そもそも、表の世界にいた頃からそうした手段を思いついていた、ということがじわじわ怖くなってくる。 表の世界では空虚さを抱えていた鳥井が、裏の世界でようやく生きている実感を得る。その姿には、自分の力を存分に使える場所を見つけた人の充実さえ感じられる。だからこそ、素直によかったとは言えず、かといって可哀想とも言えなくなった。 鳥井はこの世界に入ったことで変わったのか。 それとも、もともとあったものが解き放たれたのか。 読み進めるうちに、私の関心は殺しの世界のハードさから、そこに適応していく鳥井自身へと移っていた。最初は彼を傷つける人たちが怖かったのに、いつの間にか、そこで生きる実感を手に入れていく彼のほうが怖くなっていた。 - 2026年10月19日
【定本】災害ユートピアレベッカ・ソルニット,高月園子気になる読みたい - 2026年10月15日
手の倫理伊藤亜紗気になる - 2026年10月13日
きみはメタルギアソリッド5:ファントムペインをプレイするジャミル・ジャン・コチャイ,矢倉喬士気になる - 2026年10月5日
はくしむるち豊永浩平読み終わった沖縄弁のタイトル(白紙もどき)に惹かれて読み始めました。 圧倒されたのは、修二の少年兵としての経験を描いた部分。若い作家が、まるでその場で見てきたかのように書いているのです。その生々しさに、戦争を遠い過去の出来事として読むことができなくなりました。 さらに、沖縄のヤンキー文化と、そこから地続きになっている半グレへの道筋も克明に描かれています。例えば、主人公の友人「瑞人(みずと)」が転売ヤーから情報を引き出すために歯を一本ずつ折るシーン。その一つ一つの描写に、これが沖縄に現在も残る暴力の形なのだと思いました。 沖縄にかつて存在した暴力と、今も残る暴力。両方の暴力が読後も胸に残りました。 読みながら、沖縄に向けられる眼差しについても考えました。荒れる成人式が話題になったとき。座り込みなどのデモ活動に「やっぱり沖縄だ」という言葉を投げつけられたとき。抗議活動と暴力は同じではありません。なのに、異なる出来事が「沖縄だから」という一言で片付けられてしまう。その言葉に触れるたび、沖縄と暴力を結びつけるイメージが社会全体にうっすらと根付いているのではと感じます。 暴力はいけない。そこは変わらない。ただ、それを確認するだけでは見えなくなるものがあると思います。なぜ、その人は暴力へ向かったのでしょうか。その背景にどんな生活や追い詰められた思いがあったのでしょうか。 暴力を肯定せずに、その裏にある切実な思いに目を向けることはできるはずだと考えています。「やっぱり沖縄だ」。そのたった一言で理解したつもりになる前に、私はそこに生きる一人一人に目を向けたいです。『はくしむるち』を読んで、私はそう感じました。
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