幸せではないが、もういい (新しいドイツの文学シリーズ 12)

幸せではないが、もういい (新しいドイツの文学シリーズ 12)
ペーター・ハントケ
Peter Handke
元吉瑞枝
同学社
2002年11月1日
20件の記録
めゆ@Siilliiillii22026年4月15日読み終わった借りてきたまた読みたい作者が意図して客体的に物語を書こうとしてたのはその悲しみを正面から受け止めることの難しさを表してたのかな?と深読みしてしまった。 その時代のその場所を生きた女性について自分はあまり詳しくないが、その時の風俗を描いた作品としても興味深かった。そして、その時代(今でもだが)ではありふれた何者にもなれなかった彼女が歳を取るにつれ弱っていく一生を見た。 今からすればただただ不幸だと思う。共同体による抑圧、家父長制による抑圧。ただそれらがましになったとしても彼女は救われなかった。本を読み主張をするようになっても、彼女はそれらが取り返しのつかない過去の物語として考えていた。その後、病に苦しみその生を自ら終えた。 訳者あとがきで見たが、その中で語られた原題の意味はとても印象に残るものだった。 読書中に本書とは全く関係ないが、トルストイの「イワンイリイチの死」を想起した。死や人生の絶望に際しての考え方の違いを見て取れたからだろうか。本書は端的に言えば諦念だった。

プールに降る雨@amewayamanai2026年1月18日読みたい読んでる読み終わった読書家の友人がよかったと言っていたので読みたい。 図書館で取り寄せてもらって読み始める。 著者が母について淡々と語る。訳のせいかわからないけど理解しにくい箇所が多々ある。つらそうな語り。 p.90 “彼女はどの本も、自分の人生を描いたものとして読み、それによって元気になった。読書がきっかけとなって、彼女は初めて自分自身のことを口に出すようになり、自分というものについて語ることを学んだ。本を一冊読むごとにますます多く、話すことを思いついた。こうして私は、彼女について次第に知っていったのである。” p.91 “もちろん彼女はそれらの本を、決して自分の未来の夢として読んだのではなく、ただ過去の物語として読んだのだ。その中に、自分がこれまでに逸してしまって、これからももう決して取り戻すこともあり得ないだろうと思われるすべてのことを見いだしたのだ。彼女は自分自身については、既にあまりにも早く、どんな未来も頭から追い払っていた。それで、いまやってきた第二の春は、そもそも、単に一度経験したことの美化にすぎなかった。 文学は彼女に、これから先は自分自身のことを考えるようにと教えたのではなく、そうするにはもう今からでは手遅れだということを告げていた。” タイトルは原語を直訳すると「これ以上望むべくもない不幸」となるが、慣用的な言い回しを転倒した表現でこのままではニュアンスが伝わらないので訳者が考えたとのこと。すべてを諦めたような言葉に聞こえるが、あまりネガティブな気持ちではないのかもしれない。 母の死の数週間後から書き始められた。 言葉では捉えきれない母という他者。 時代と社会から抑圧された存在から、読書をすることで主体性を獲得した。 寝る前に枕もとの灯りだけで読みたい。




















