アメリカン・スクール

アメリカン・スクール
アメリカン・スクール
小島信夫
新潮社
2008年1月1日
22件の記録
  • ばるーん
    ばるーん
    @ballo____on
    2026年8月11日
  • 確か村上春樹が言及していた 「アメリカン•スクール」だけ読んだ。 戦後、3年目 英語教師一行によるアメリカン•スクール見学譚 伊佐の人間味がいい。 伊佐は英語を(完全な外人の調子で話すのは恥だ。不完全な調子で話すのもはじめてだ)と思っている。その中間で呻吟し揺れているのだ。 なぜなら英語に染まりきることは(おれが別のにんげんになってしまう。おれはそれだけはいやだ!)と思っているからだ。 「英語を話す時には何かもう自分ではなくなる。外国語で話した喜びと興奮が支配してしまう。」事に敏感だからだ。 戦争には負けたが 心だけは、自分の心の領土だけは奪われてなるものかという伊佐の意地。に心を打たれる。
  • DN/HP
    DN/HP
    @DN_HP
    2026年6月26日
    小島信夫さんの初期の短編小説「鬼」を再読した。はじめて読んだのは 乗代雄介 さんの『旅する練習』で言及されていたから。今回読んだのは江藤健太郎さんがnoteで書かれていた「小島信夫「鬼」のめっちゃおもしろい箇所」という記事を読んで、その「めっちゃおもしろい箇所」をたしかめてみたかったから。 前回読んだときにどう読んで何を思ったかは全然覚えていないから、サラッと読んでしまっていたんだと思う。今回、江藤さんの「めっちゃおもしろい箇所」に注目しながら、わたしなりのそれも探すようにじっくり読んでみれば、その文章自体のおもしろさ、というかおかしさが少しわかった気になったし、内容にも思うところが色々と出てきた。少しこの小説に、少なくとも前回読んだ時よりも近づいた気がした。 「そのあいだ私は何をしていたのだろう。私は何もしてやしない。いや私は見張りをしていただけだ。そして見張りはしていなかった。私はおそらくエンマの表面にエビガニが浮んでは沈み、浮んでは沈むのを眺めつづけていたのであろう。いやそれさえも眺めてはいなかった。なぜなら、ぜんぜんおぼえておらず、ただそういって妻にたしなめられて、そんな気がしただけだったからだ。」 江藤さんのいうめっちゃおもしろい箇所はわりと序盤に登場する。「否定に次ぐ否定。脱臼に次ぐ脱臼」というこの箇所はたしかにその通りだった。ここにはたしかにおもしろいというか、おかしみがある。そのとき自分はなにをしていたのかを考え始め、言葉にしては前言を撤回しを繰り返し、他人に指摘されることで「そんな気がしただけだった」と結局はなにもわからないのである(その後あるきっかけで、その時の行動だけは思い出すのだけど)。 小説でそれを読むとき、そのわからなさは滑稽でもありおもしろいのだけれど、実際に自分の行動、生活を振り返るとき、人ははっきりと「これをしていた」と言えることがどれだけあるだろうか。 肉体的に表面に現れている行動、状況のことだけなら思い出せるし他人に指摘してもらうことも出来るかもしれないけれど、内面にある思考や思索、そこまではいかないような漂う意識をも考えれば、そんなことは殆どいうことが出来ない気がする。ここには、自分とは「違うところがあって笑いたくなる」おもしろさと同時に自分にもあるだろう「言動や状況の不審さ」を「いぶかしみ、怪しく」思う、不確かなおかしさもある。そんな風にも読んでみれば、自分という存在、記憶の不確かさを思い揺さぶられ、少し不安にもなってくる。 小説はその「殆どいうことが出来ないこと」をひとつの言葉に集約、あるいは選択することで、誰もが「わかる」たしかなものにすることも出来るけれど、自分や世界のことをそのまま、出来るだけ漏らさず書き写そうと思えば、こんな文章にならざるを得ないのかもしれない。その自分にもあるだろうわからなさ、不確かさを読み対峙させられれば、やっぱり不安にもなるわけだ。 小説というのは世界をわかりやすく書くだけではなくて、世界のわからなさを書くものでもある。というのはたまに思うことだけれど、これも多分そんな文章で、それで書かれているのは読みたかった小説だ。そこに感じるわからなさや不確かさは、まだどうすることも出来ないけれど、今はそっと抱きしめておきたい。と数日前に読んだ小説のことを雨の日の車中で思ってみている。 ちなみにわたしが「めっちゃおもしろい」というかおかしいと思ったのは 「このエンマというのは実は、江間ということらしく(もっともこれは誰にも聞いたわけでなく、私が想像しただけのことだが)」(「エンマ」は「私」の移り住んだ土地に流れる用水路) というところ。「想像かよ」とちょっと声にも出して突っ込みたくなるおもしろさも感じるけれど、「らしく」という客観的な根拠や情報に基づいている思わせる発言のあとに、それが主観的で根拠のない「想像」だったとあたかも当然のようにもっともらしく告白してしまう。その思考の流れにいぶかしみ、不審さ怪しさも感じるおかしさがある。というか、この一文で「私」のことを思考の流れの読めない、不確かで不気味な存在にも感じ始め、その後の小説の読み方にも影響を与えられた一文なのだった。 🚃 「私はもっぱら忍耐に耽溺していたのかも知れない」という「私」がこの小説のなかで続ける「忍耐」についても、考えたり書いてみたりしたいのだけど、もうすぐ目的地に着いてしまうから、それはまた今度にしよう。
    アメリカン・スクール
  • 鳥澤光
    鳥澤光
    @hikari413
    2026年6月25日
    「汽車の中」だけ読む。何年ぶりだろう、20年くらいたっているかもしれないけど楽しさはひとつも忘れていないような気分で読む。
  • DN/HP
    DN/HP
    @DN_HP
    2026年6月23日
    最後に収録されている一編「鬼」の語り手、主人公の男が現状の世間、世界に不平不満を垂れ流しながらも「執拗に忍耐し」ている様は滑稽であり悲哀も感じる。けれど、その彼の「忍耐」は世間や世界の流れに乗らず、乗れず、仕方なくただそこに留まろうとする行為、現状維持でありながら、そこに留まることで結果的に世間、世界に抵抗し流れを乱すことになっていると言えなくもない。消極的で半ば無自覚ではあるけれど、彼はたしかにまつろわぬ民である。だから主人公の不平不満の原因であり、その世間の代表でもある「画家のH」は苛立ち彼のことを「鬼」と呼ぶのだし、この短編のタイトルも「鬼」なのだ。そう、こういうのは思いつくままに書いていきたい👹
    アメリカン・スクール
  • 朝田
    朝田
    @asada_rium_um
    2026年3月12日
  • 馬おもしろい 嫌な話多すぎ、戦争してすぐの頃って戦争の話読むの嫌じゃない人多かったのかな、てか小島信夫が戦争の話まじで書かなきゃいけなかったというか書かざるを得なかったのかな、そういう想像つかないから余りにも多すぎて引く、書く動機を調達するさいに戦争を経ざるをえないことが戦争のえぐさの表現になってるように思える
  • utautomo
    utautomo
    @timeescape
    2025年12月4日
  • DN/HP
    DN/HP
    @DN_HP
    2025年11月18日
    乗代 雄介『旅する練習』で言及されている「鬼」という短編が読みたかったので。
  • さゆり
    さゆり
    @happyoukai
    2025年8月3日
    追い込まれてゆるやかに変になっていく人たちばかり出てきて、怖い。 すごいの見ちゃったよ。
  • 「僕の持っているのは僅か二つ星です。しかしこれきり終戦になったとすると、僕の二つ星は大尉の星と同様に、僕には大切なものなのです。二つの星にら思い出と歴史があるわけです。その点では僕の方が大尉の場合より大切なものとも云える。僕はこの星が大切なあまり、もっと星のつきまとう生活をつづけたいような奇妙な考えをもったのです。」『星』 「僕は息子が、治る治らぬということさえ気がつかないことをのぞんでいた。息子はそれにただ微笑しただけだった。僕は微笑の意味を知りたいと思った。僕は息子の微笑にあうと、土俵の外へいきなり放り出されたような感じがした」『微笑』 「彼はこのような美しい声の流れである話というものを、なぜおそれ、忌みきらってきたのかと思った。しかしこう思うとたんに、彼の中でささやくものがあった。(日本人が外人みたいに英語を話すなんて、バカな。外人みたいに話せば外人になってしまう。そんな恥かしいことが……)彼は山田が会話をする時の身ぶりを思い出していたのだ。(完全な外人の調子で話すのは恥だ。不完全な調子で話すのも恥だ)」「アメリカン・スクール」
  • CandidE
    CandidE
    @candide_jp
    2025年5月29日
    いやー、素晴らしい短編集。普通に、ユーモア、ブラックユーモアも面白いけれども、よくここまで人間の汚辱、虚栄、脆さ弱さの機微を正確に掬い上げて文章に配合できるよなー。って、ちょっと、私が歳を重ねたからでしょうか、過敏にそんな印象を受けた。それとも戦中、戦後間もない人々の生活の営みにあった死と欲望の鬩ぎ合い、生命力や勢いが何か抑圧され歪んでいる様、その混沌が、その同種の混沌が表面化されないよう一見洗練された現代社会に生きていることの違和が、不意に私の中に溢れたのかもしれない。とにかく、私が幼い頃にあった、駅や電車の昭和の便所の匂いを思い出した。って、ごめんなさいね、お目を汚して。
  • kzyskhn
    kzyskhn
    @kzyskhn
    2025年3月20日
    戦争体験の後遺症とそこからの克服への道中のようにも感じる
  • Blue moon
    Blue moon
    @mimosamimi
    2025年3月20日
  • ばるーん
    ばるーん
    @ballo____on
    2025年3月15日
  • kzyskhn
    kzyskhn
    @kzyskhn
    2025年3月14日
    短編集。あと一つ「微笑」。けっこう重いというか、戦後極限状態の必死な生き様をそれっぽくなく書いてる。つらい話
  • 左岸ふみ
    左岸ふみ
    @237sagan
    1900年1月1日
    小島信夫の短編集。まさに粒揃いで、なかでも「微笑」という作品は眩暈のするような衝撃を受ける。
  • ろく
    ろく
    @rokuhon
    1900年1月1日
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