光を見た ハンセン病の同胞たち
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Marua@marua2026年3月27日座談会での趙 根存の発言を読んでいて、いいなあと思った話。 趙 根存が撮った沢田二郎さんという人がいた。沢田さんがあなたの家に行きたいと言うので、来てもらうことになった。「向かう電車の中で、私があなたのところに行きたいのは、あなたが私の写真を撮っている、その写真を見たい。私は一人の女と結婚しようとしているが、おれは自分でどういう男かわからんというんです。それであなたの撮った写真を見たい、それで自分の鏡を探してみたいと」(中略)「そうしたら沢田さんがジィーッと見て、わかったというんです。わかったというのは、なんか自分の写真を見て、自分の存在するひとつのすごさみたいなようなものをね、感じたみたいやね。おれてのはこんなにすごいかって。それはいわゆるみじめとか、あわれとかではなくておれてのはこんなにすごく生きているかというふうに感じたみたいやね」


Marua@marua2026年3月26日読み始めた趙 根在の写真は数年前丸木美術館で開催された写真展で観た。在日コリアンの趙は炭鉱で過酷な労働に従事した時期もある。その後ハンセン病療養所を訪ね、「同胞に限って」という条件の下、ハンセン病患者の写真を撮り始めた。全国の療養所を訪れ撮影、『ハンセン病の同胞たち』という回想録を残していて、それが本書に収録されている。力強く、飾らない文章。こういう文章が読みたかった。

JUMPEI AMANO@Amanong22025年8月23日再読@ 電車「趙根在を語る——写真・映像・文章・人物」シンポジウムに参加。会場がそこそこ遠かったので「ハンセン病の同胞たち」を読みながら移動。 〈私は、切羽でツルハシを振るいながらとりとめもなく考えました。大陸のヘリと思っていた地は、四千万の同胞が生きる祖国の大地。山もあれば川もある、空には太陽、地下には石炭......そこでなら石炭掘りも悪くないな......自分たちの土地で自分たちのために石炭を掘るのだから......。〉(82頁) 〈まして、幾多の障害を身にもって終身隔離の憂き目にある恵楓園の同胞たちまでは、受け入れようと思ったにしても[祖国には]そんな力はまだないのじゃないか。現実は厳しいのだから、今すぐ受け入れられないのは止むを得ないとしても、将来において見捨ててはならない......。/だが、私には、見捨てるように思われたのです。〉(84頁)

















