

Marua
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本とコーヒー
- 2026年10月9日
秋 (新潮クレスト・ブックス)アリ・スミス,木原善彦ここのところ『秋』を再読している。EU離脱の国民投票があった2016年のイギリスが主な舞台。エリサベスは32歳、大学で非常勤講師をしている。彼女が郵便局で順番待ちをしながら読んでいたのは『すばらしい新世界』だ。 引っ越した先の隣人ダニエルと出会ったのはエリサベスが8歳の時。ダニエルはいつもエリサベスに「何を読んでいるのかな?」と訊ねた。幾度となくふたりの過去の交流が描かれる。ほぼ70歳の年齢差がありながら、本を介してのフラットな関係がとてもいい。 現在ダニエルは老人ホームにいて、眠っている時間が長くなっている。エリサベスは見舞いに行き、心の中でダニエルと話す。 P.32 ああ、よく来てくれたね、と彼は言う。 そして彼女が手に持っている本を見る。 何を読んでいるのかな?と彼は言う。 エリサベスは本を上に掲げる。 すばらしい新世界、と彼女は言う。 ああ、懐かしい本だ、と彼は言う。 私にとっては新しいの、と彼女は言う。 本の話ができる友人がいるのは貴重だ。 - 2026年9月30日
波打ちぎわの物を探しに三品輝起今日リュックに入れてきた本書はたまに読み返す一冊だ。本の話が散りばめられていて、未読のためさらっと読み流した箇所が読了後に登場すると嬉しくなる。その本についての著者の文章を追うのが楽しみで。 4ページほどのエッセイ「フランク・ザッパと本屋の石」を目当てに本書を開くこともある。著者がアルバイトしていた本屋さんの話。フランク・ザッパを敬愛している同僚が出てくる。 - 2026年9月23日
へろへろ鹿子裕文『コロナ禍と出会い直す』で介護施設いろ葉について読んだ時、真っ先に思い浮かんだのが本書が取り上げている宅老所よりあいだ。 福岡にあるよりあいは、一人の認知症のお婆さんを何とか見守ろうとする人々がお寺の一部を借り、近所の老人が通える場所を作ったことに始まる。今から30年以上も前のことだ。 「なぁんが老人ホームか!(中略)あたしゃここで野垂れ死ぬ覚悟はできとる!」と来る人々を追っ払っていたお婆さんに、次のように話した場面は、なるほど「冴えたやり方」だと思う。 「今度、お寺でよりあいがあります。住職さんが『大場さんに来てもらわんと近所の人にかっこがつかん』ちゅうてあります。ここは住職の顔ば立てると思って、一肌脱いでもらえんでしょうか?」 著者の鹿子さんの文章は「筆が走りすぎでしょ」と思うこともあるけど、何度も再読していると最早それほど気にならない。資金集めに奮闘する人々の描写など、読むたびにその行動力に感嘆する。 よりあいやいろ葉のような介護施設は希望が持てる存在だが、こういう施設を運営しやすい環境にはないというのが現状だろう。介護保険制度を何とか維持し、介護士の待遇をよくしてほしい。為政者はお金の使い方をもっと考えてほしい!と常々思っている。 - 2026年9月13日
辺野古の浜の文子さんえんどうたかこ,岩下みちこデモクラシータイムスで紹介していた絵本。図書館で予約してこようと思う。 番組の最後で、この絵本の編集者の方が「よりまし堂」という書店をやっていることを知る。新潮社の本を置いてないと聞いてハッとした。 出版社が新潮社だということに何の抵抗もなくミランダ・ジュライの新刊を購入したばかりだから。 誰に対しての謝罪なのかと、出版社のあのお粗末な対応に憤ったはずなのに、すっかり忘れていたことに愕然とした。忘れてはいかんことだ。 - 2026年9月9日
ミランダ・ジュライ『はいつくばって』からの抜粋を読んだ。突飛な展開がたまらない。 主人公はひたすら醒めた言葉で自分の陥っている精神的な危機を綴っていく。多くの人がそうであるように、子どもが生まれてからは夫に対してモヤモヤがたまり始める。週に一回、友人とジャンクフードを食べる時間が「もう本当に本当に楽しくて、ドラッグでハイになるのと似ている」と思っている。 ふむふむと読んでいると、55歳で自殺した祖母の話や父親の深刻な状況がさらっと挟み込まれる。そのうちに、主人公がミランダ・ジュライに入れ代わり、夫がマイク・ミルズになり、親はこういう人たちだったんだ、などと頭の中で混ざっていった。続きが読みたい。 - 2026年8月28日
コロナ禍と出会い直す磯野真穂第6章、介護施設いろ葉の代表中迎さんの話。彼女が最初に勤めた介護施設は、時間をかけずにいかに効率よく入居者の世話をするかが重視される場所だった。 食事介助、オムツ交換、入浴介助などが流れ作業のように行われていて、このやり方に違和感を持った彼女は職場で次第に孤立。高齢者には「さあちゃんはここにいない方がいい。私たちの代弁者となって変えていって」と背中を押される。 「トイレに行きたい時にいつでも行くことができる」いろ葉を2003年に立ち上げ、独自のスタイルで運営していった。コロナ禍の時期も試行錯誤しながら自分たちのやり方で高齢者の介護を続けた。おかしいと思ったら流されずに考え抜いて対処法を編み出す。思うだけじゃなくて、実際に行動に移すところがすごい。 - 2026年8月24日
コロナ禍と出会い直す磯野真穂著者が指摘するように、コロナウイルスはエアロゾル感染するものでありアクリル板はその対策にはならない、とわかってからも使用され続けていた、たしかに。 読み進めていくうちに、立ち止まることが多くなった。言葉の定義をいちいち確認しながらでないと進めないのである。 興味深かった箇所。 P27 「現在の人類学が正しさを相対化しようとする背景に、植民地主義に対する反省がある」 植民地主義は社会進化論が支えとなっていて、この社会進化論は「人類は欧米社会を頂点にして進化する」という思想とのこと。欧米が各地に植民地を拡大していった時代には、社会進化論が「正しい」とされていた。この思想のもと、「非欧米社会の言語や芸術、宗教などを破壊し、欧米型に変えることが正当化された」 この一連の内容が初読で頭に定着しなかったことに少し脱力するが、気を取り直して先に進む。 - 2026年8月20日
コロナ禍と出会い直す磯野真穂2024年10月購入 @UNITÉ 今の日本の社会に対する違和感やモヤモヤをみんなどうしているんだろう、とよく考える。 コロナ禍のあの異様な数年間はなんだったんだろうと思うことが最近何回かあり、そうだこの本があったじゃないか、と引っ張り出してきて再読している。 - 2026年8月10日
言葉と出来事阿部大樹P.158 喫茶店での出来事。常連のカナダ人が店員に「生ハムって英語でなんて言うんですか」と聞かれ、数秒固まっていたという描写があった。 「しばらくして、ah, prosciutto. とよほど安心した様子でつぶやいた。 おそらく彼の短い沈黙は、外国語として自分の知っている言葉が母国語で失われているのに気づいたことの、足元の崩れるような怖さだっただろう。隣に座っていただけの私まで鳥肌のたつような一瞬だった」 自分の記憶として残りそうな、印象的なくだり。 - 2026年8月9日
言葉と出来事阿部大樹挙げられている本は読んでないものがほとんどだし、引用されている文章もよくわからなくて何度も繰り返し目で追うことに。でもおもしろく読んでいる。子どもの成長、季節の描写、本屋に行った、喫茶店で本を読んだ、〇〇を食べたなど、日々のちょっとしたことが記録されていて、その混ざり具合がちょうどよい。 前著に引き続き、妻Tさんの発言も興味深く、夫を「阿部くん」と呼んでいることも今回わかった。 ふとした言葉や映像がきっかけで、以前感じたことや考えたことにつながる瞬間があるが、そういうことを自分も記録していきたいと思った。 - 2026年4月18日
それがやさしさじゃ困る植本一子,鳥羽和久著者の鳥羽和久さんには名言が多く、簡単に洗脳されそうなので(つまり彼の言葉に乗っ取られそうなので)、たまに目にするくらいがちょうどいいと思っていたが、ついに購入。 もっと早く買えばよかった。手元に置いてたまに手にして読めばよかったのである。赤々舎だし、写真は植本一子さんだし、いいに決まっているのに見極められなかった。 「おっ!」っと思ったところを書き写すとなると、ほぼ全ページに何かしら思うところはあるので、それはやらないとして、とにかく書店で目にしたら一旦繰ってみることをおすすめする。 - 2026年4月16日
本をひらく大森皓太,杉江由次UNITÉで購入。 「奴隷根性が染み付いている」は、人から投げかけられる言葉としてはなかなかの変化球。それをすんなり受けとめ、往復書簡の提案まで受け入れる杉江氏がすごい。 内容は本にまつわる話が中心なので、興味があることばかりでひたすらおもしろかった。京都の鴨葱書店、いつか行ってみたい。 - 2026年4月10日
- 2026年4月4日
暗黒の瞬間エリーザ・ホーフェン,浅井晶子読み始めた周りで評判がいい本書、ドイツの法律家が書く小説のおもしろさは想像がつく。シーラッハしか知らないが、ドイツには法律家が作家として活躍する場合が珍しくないそうだ。著者は現役の裁判官で、この連作短編集の主人公は60代のワーカホリック気味の弁護士だ。 週末は併読している他の本をとりあえず置いて、この短編集に没頭しようと思う。現実逃避でもある。 - 2026年3月30日
貧困旅行記新版つげ義春先週末からつげ作品を再読している日本中の人々を想像すると、笑いが込み上げてくる。 お面を被った少女のシュールな写真も久しぶりに見た。最初に収録されている『蒸発旅日記』、ストリッパーやマネージャーとバナナを食べたり、各場面で妄想を膨らます姿がいちいちおかしく、でもこういう人って珍しいんだろうか、それともそこら辺にふつうにいるのかなどと考えた。 『つげ義春日記』と藤原マキの『私の絵日記』も引っぱり出してきて、再読した。 - 2026年3月29日
日本社会と外国人朴沙羅読み始めた朴 沙羅の文章をまた読めて嬉しい。 目下関心が高いテーマの一つ。 あとがきから抜粋 「私は全ての日本国籍者が出入国管理政策や外国人の処遇に関心を持つべきだなどとは考えません。むしろ、日本人の多くが気軽に「外国人問題」なるものを論じ、日本社会が総体として解決すべき問題の「原因」として、外国人を見出し憎悪を向けるくらいなら、誰も外国人に関心を持たない方がずっとましだと思っています。その意味で、私は本書が広く読まれることを願っていません」 - 2026年3月27日
座談会での趙 根存の発言を読んでいて、いいなあと思った話。 趙 根存が撮った沢田二郎さんという人がいた。沢田さんがあなたの家に行きたいと言うので、来てもらうことになった。 「向かう電車の中で、私があなたのところに行きたいのは、あなたが私の写真を撮っている、その写真を見たい。私は一人の女と結婚しようとしているが、おれは自分でどういう男かわからんというんです。それであなたの撮った写真を見たい、それで自分の鏡を探してみたいと」(中略)「そうしたら沢田さんがジィーッと見て、わかったというんです。わかったというのは、なんか自分の写真を見て、自分の存在するひとつのすごさみたいなようなものをね、感じたみたいやね。おれてのはこんなにすごいかって。それはいわゆるみじめとか、あわれとかではなくておれてのはこんなにすごく生きているかというふうに感じたみたいやね」 - 2026年3月26日
- 2026年3月23日
夕暮れに夜明けの歌を奈倉有里先日奈倉さんのトークイベントに参加して、また読みたくなって引っぱり出してきた。アントーノフ先生について質問した方がふたりいて、深くうなづきながら聴いた。 先生はしょっちゅうお酒を飲んでいるが、授業になると一変する。「授業のはじまりはいつも、まるで劇場の幕があがる瞬間だった」と著者が書いているように。そして「魅了される観客と化した学生は、息を呑んで前を見つめる」 魅力的な授業をしていたという先生の晩年は、何度も読んでも胸が締めつけられる。クリミア半島を無理やり併合されたことをきっかけに、緩慢な自死に向かっていたのかと漠然と考えていたが、そうではなく、その前から体に負担のかかる飲み方をしていたようだ。 先生の口調を再現しているかのような奈倉さんの文章も素晴らしい。 - 2026年3月19日
背表紙の学校奈倉有里今読むのにぴったりの1冊。あとがきの言葉には励まされた。 『群像』の連載を読んでいなかったので新鮮な気持ちで読み進めている。収録された最初の一篇は『すばる』に掲載されたらしいが、こちらも初めて読んだ。自分が最初に読んだ本はなんだったかと記憶を探っても思い出せず。『いやいやえん』?『もちもちの木』はだいぶ先か。
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