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Marua
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@marua
本とコーヒー
  • 2026年2月24日
    午後
    午後
    ある短編(それぞれの短編には題名はなく、番号しかついていない)。 旧知のピアニストに十年ぶりにパリで出くわす。コンサートの後忽然と姿を消した彼女に、その理由を尋ねたのだが「ピアノを弾くことができなくなったんです」という答えが返ってきた。コンサートでの演奏中に「このまま続けるのは無理だと気づいた」とのこと。彼女は自分の気持ちを話し始めた。 この箇所を読んで「ああ、何かと似ている」と思った。一度引退したフィギュアスケーターのアリサ・リュウの話だった。
  • 2026年2月24日
    光と糸
    光と糸
    美しさと手触りの良さが際立つ本。イタリック体が所々使われている。 表題作はノーベル賞受賞記念講演の全文。この講演の4日前に当時の大統領が「非常戒厳」宣言を出した、そういう時期に行なったスピーチだ。 他にも、詩、ガーデニングの記録などが収録されている。ハン・ガンが撮った味わい深い写真も何枚が掲載されていて、それがとてもいい。
  • 2026年2月20日
    巨匠とマルガリータ 上
    巨匠とマルガリータ 上
    昨年新訳が出たらしい。未読なので、旧訳を読むことに。 「春のモスクワに降り立つ悪魔、灼熱のゴルゴタと名無しの巨匠。首は転がり、黒猫はしゃべり、ルーブル札が雨と降る」 おもしろそう。1966年刊行、60年前の小説だ。
  • 2026年2月17日
    本は誰かを連れてくる
    本書を読んで、向田邦子が『隣の女 - 現代西鶴物語』というドラマの脚本を書いていることを知った。 武田百合子も誰かとの対談で西鶴に言及していたし、冨岡多惠子は『西鶴の感情』という本を出している。井原西鶴、ちょっと注目。
  • 2026年2月16日
    本は誰かを連れてくる
    本の話がざくざくと、そして平松洋子だから当然おいしそうな食べものの話も続々と出てくる。「ふきのとうヒメノ式」、早速この春試してみよう。 引用「蒸したふきのとうに豚ひき肉の甘辛そぼろをかけてスプーンですくいながら食す」 対談が3つ収録されている。村上 隆とのものは、「工芸青花」に掲載されていた記事で、これを初めて読んだ時「予定調和的でなくていいなあ」と思ったのだった。村上はいろいろと挑発するのだが、それに乗らないのがかっこいいと思った。「村上さんらしい棘を含んだご質問ですね」なんて、なかなか言えない。
  • 2026年2月15日
    旅は老母とともに
    久しぶりの伊藤 礼のエッセイ。 自身の出生の話から始まる。昨日が誕生日だったようだ。ご存命だったら93歳。
  • 2026年2月13日
    見知らぬ人を認識する
    見知らぬ人を認識する
    著者はパレスチナ系英国人の作家で、本書にはエドワード・サイード没後20年にあたる2023年9月末に、コロンビア大学で記念講演として行われたもののと、岡 真理の解説「ホロサイドに抗して」が収録されている。 いまだに続くガザでのジェノサイド。常にそのことを考えているわけではない。でも日々の暮らしの中で、いまだに続いていることを思い出しては忸怩たる気持ちになる。できることといったら、イスラエル応援企業の製品を買わないことや歴史や事実を見つめ続けること、くらいだが。
  • 2026年2月13日
    大東京ぐるぐる自転車
    大好きな本。 70歳近くになってから自転車に乗り始めた伊藤 礼が、怪我をしようが妻に怒られようが、マイペースで都内のあちこちを自転車でまわる、そんなエッセイ。時折挟まれるユーモアあふれる独特な考察がおもしろい。
  • 2026年2月13日
    ふつうの人が小説家として生活していくには
    この本を今読んでいることを島田さんに直接お伝えできた。 2月15日まで、吉祥寺のgalleryネオネコで「伊藤 礼書店」を開催中、その店番をしていらっしゃる。 とてもオープンな方で、この人がインタビュアーだったら津村さんもさぞかし話をしやすかっただろうと思った。
  • 2026年2月12日
    ふつうの人が小説家として生活していくには
    あちこちでいい評判を聞くので購入。実は著者の本は1冊も読んだことがない。 『君は永遠にそいつらより若い』とか『水車小屋のネネ』(これもとても評判がよい)など、題名は知っている。そのうち読もうと思いつつ、未読のまま来てしまった。 本書は夏葉社の島田潤一郎さんによるインタビューだということも、手に取った理由のひとつ。
  • 2026年2月10日
    富岡多恵子の仕事 詩と小説と評論と
    装丁がいい。 昨年5月に購入。 富岡多惠子を知るきっかけとなった本。 ふたつの鼎談をまとめた二部構成。 第一部 詩から小説へ 第二部 評論にこめたもの 富岡多惠子に関する知識もなく小説をひとつも読んでない状態で本書を繰ったので、なにがなにやらわからないまま、「そうか、晩年の鶴見俊輔が『逆髪』がいいと言ったのなら読んでみたい」とか、「村上春樹や吉行淳之介を取り上げている『男流文学論』はおもしろそう」などと思いながら読み進めたのをおぼえている。 昨年11月に編集グループSUREから『富岡多惠子名作選』が刊行された。本書両方の鼎談に参加している、北澤快太氏が編集・解説。
  • 2026年2月9日
    ほんのちょっと当事者
    多くの人が直面する親の介護、自身やパートナーの心身の不調、予期せぬトラブル等の記述が続く。そうそう、長く生きているといろんなことがありますよね、とうなづきながら読んだ。 単行本がミシマ社から刊行されたのは2019年11月だから、全てがコロナ禍前の話。とは言え、どんな時代も困りごとはいつなんどき降りかかるかわからない。参考になったり心強く思う箇所がいくつもあった。
  • 2026年2月6日
    文藝 2026年春季号
    ハン・ガン特集。翻訳者の方々の座談会と、中村佑子、小川公代など4人が初台のfuzkueで『光と糸』を読み(もう1人はリモート参加)、後日エッセイを寄稿、という企画がおもしろそうで購入。
  • 2026年2月2日
    富岡多惠子の革命
    富岡多惠子の革命
    富岡多惠子、ぶっ飛んでいて驚かされることが多い。 この人がやったことのひとつですごいなあと思うのが、バリバリ仕事をしながら一方で夫の支援を惜しまず、その結果無名の若者だった彼が、世界的に認知される彫刻家(いまだ現役)となったことだ。 彼が思う存分仕事ができるようにと伊東に移り住み(その夫によると、移住したことで鬱が深刻化した面もあるようだ)、夫が講演に出かける際には主催者と密に連絡を取ったり、かなり細かいところまでサポートしていたらしい。 その夫の人は、講師を頼まれて引き受けても、会場に向かう途中で行きたくなくなりバックれるような、社会性に欠けているタイプ。彼の芸術的成功には、富岡多惠子の存在が大きかったと思う。
  • 2026年2月1日
    午後
    午後
    午後に『午後』を引き続き読んだ。昼飲みしながらなので、いつもに増してのんびりと。
  • 2026年2月1日
    富岡多惠子の革命
    富岡多惠子の革命
    そしてこちらは島﨑今日子の力作。おもしろかった。 コツコツと図書館から富岡多惠子の著作を借りてきては読んでいる。たぶん1年では読み終わらないだろう夥しい数の著書は、小説、エッセイ、評論など多岐に渡る。 古本屋さんにはほとんどない。あっても1〜2冊。やっと神保町の店で数冊、「青いカバ」で2冊購入した後、これはオンラインで手に入れて読むしかないのかと腹をくくった。たまたま図書館でためしに検索したらかなりの数出てきて、びっくりしたのだった。 1935年生まれ。エッセイなどの明け透けな発言を読んでいると、さぞかし周りからの風あたりが強かっただろうと想像するが、こういう人がいたというだけで、心強い。
  • 2026年2月1日
    この父ありて 娘たちの歳月
    『午後』はできるだけ午後に読んでほしいと訳者あとがきにお達しがあったので、履く湯たんぽを入れて白湯を飲みながら本書を読んでいる。梯 久美子の力作。
  • 2026年1月31日
    午後
    午後
    好みすぎて、読むのがもったいなくて、本を閉じた。 3つ目の話に出てくる『ロスト・イン・トランスレーション』は、大好きな映画の一つだ。大学を卒業したばかりの妻は、写真家の夫の出張にくっついて東京に滞在中で、深い孤独を感じている。知らない土地にいるからというより、あの夫があまりにも彼女には合わない、そのことが彼女のやるせない気持ちに大きく影響している。 たとえば同じホテルに滞在中の俳優が「わたしイヴリン・ウォーの名前で宿泊してるの、ウフフ」と言って立ち去った後、「イヴリン・ウォーって男性なんだけど」と夫に耳打ちしたら「誰もが君のように物知りじゃないんだよ」と返される場面。ふたりの未来はあまり明るくない、と思ってしまった、それを思い出した。
  • 2026年1月31日
    午後
    午後
    好きな短編集はなにか聞かれたら、『オリーヴ・キタリッジの生活』と『珈琲と煙草』をあげる(後者はエッセイなども含むが)。 シーラッハの新しい短編集が出ていることは全く知らなくて、たまたま近所の書店で見つけた。今回の装画もタダジュンだ。
  • 2025年12月21日
    11の物語
    11の物語
    家出してきた姪っ子が言った「ヴィクターみたいになっちゃうかも」の意味がようやくわかった。 トイレ掃除を生業にしている主人公の男性。ある日突然姪っ子がアパートにやってきて何日か居着く。ドライバー付きの車で妹が娘を迎えに来た場面で、家に帰りたくない姪っ子が主人公に必死に伝えた言葉だ。 短篇『すっぽん』で描かれる親子関係と物騒な結末は、現代の日本でも起こりそうなことで、でも主人公は「ダメ、ダメ。そんなこと言っちゃダメだ」と温厚に諭してゆるやかに流す。「いつでも来ていいから」と言ってあげたが、それを支えにあの姪っ子は何とか現状を乗り切っていけるのだろうか。
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