堕落論・日本文化私観 他二十二篇
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浮舟@ukibune_19912026年4月6日感想堕落論だけ解釈(長すぎるため) 坂口安吾の堕落論における堕落とは一般的な定義とされる「生活の規律が乱れ、品行が悪くなること」ではない。 堕落論における堕落とは、人間が人間の本能、気質を抑え付け、人間を操る為に作られた人為的な制度や価値観という虚飾から剥がれ落ち、又は自ら剥ぎ取り、それらに頼る事なく、自らの頭で考え、自らの足で歩いていく事を堕落と定義している。虚飾に生きる人から見ると、そのような人達は本来の定義における堕落している人のように見える為に、堕落論としたのであると私は思う。 それらは天皇制と武士道を通して書かれており、日本人は天皇制という制度を通じて自身の誇りと価値観を作り上げている。そこにはお国の為、天皇陛下の為という大義名分もある。また、武士道においては、「武士道と云ふは死ぬ事と見付けたり」という言葉から分かる通り、生きたい、逃げたいという人間本能を抑圧する美学の制度である。 天皇制、武士道という二つの制度もまた、人間が共同体として世界、又は日本で藤原氏のように自己の利益を得る為に作られた制度であり、そこには人為的に作られた虚飾がある。日本人はその虚飾に依存する事で、安心感、誇り、価値観を得て自らの意思、本能から目を逸らしている。 それは坂口安吾が破壊に見た理想郷と同じようなものである。運命に従順で考える事を放棄した泡のような理想郷である。しかし、それら理想郷を打ち砕き、虚飾を剥がして自らの意思と本能を見つめて自ら考え、自らの足で歩いていく事が救いとなる。 なぜなら人は愚かで弱い。 天皇制や武士道のような制度に頼る事は束の間の安心感、誇り、価値観が生まれる。しかし、その虚飾が何かのキッカケで剥がれ落ちたとき、人は絶望してしまうからだ。 だからこそ、虚飾に頼らず、自らの意思と本能を見つけ、自らの頭で考え、自らの足で歩くいく事で、自らの安心感、誇り、価値観を生み出していく事が救いに繋がるのだ。 生きよ、堕ちよ。- いと(りお)@may--52026年3月22日読み始めた1年前に古本屋で買った堕落論。 なんとなく今かもと思って読み始めたら、本当に今読むべき本だった! なんでわたしの文章がつまらないのか言われてるよう。ぐさぐさねちねちと刺してくるかんじが心地よい

さおり@prn9909082026年2月18日読み終わった読んでよかった-2026読めば読むほどこのひとのことを好きになってしまった.そもそも立ち読みしたときに、ひとつめの「ピエロ伝道者」の「空にある星を一つ欲しいと思いませんか?」というところがとても気に入って、ほぼ衝動買いしたし、ふたつめの「FARCEに就て」で括弧のなかでめちゃくちゃ喋ってて、そこで非常に親近感が湧いてしまい、もう安吾ちゃんと呼んでいる.安吾ちゃん、ずっと剥き出しで、大丈夫なのかと勝手に心配になるくらい、自分のこころを、感情をさらけ出していて、そういうところがすごく、すごく刺さってしまった.繰り返して読みたいところがたくさんある.これを開いたらこのひとに会える、みたいなものはたくさんあるけれども、これは、もう「いる」という感じだ、それくらいに腸からの言葉ばかりがあって、安吾ちゃんがここにいる.ここにいてずっと、バカヤロウ、みたいに叫んでいる、ひとりの女のひとのことをめちゃくちゃ好きで、めちゃくちゃ未練がましくて、太宰の死をめちゃくちゃ悲しんでいて落ち込んでいて、なんかもうそういうの全部ひっくるめて「人間」で、アア〜、好きだな〜ってなってしまう、好きです、うん、これはもう何度でも安吾ちゃんに会いたくなっちゃうやつだな、と思った.
noll@nol06902025年11月19日読んでる表題「堕落論」にようやく到達した。戦後の日本人に向けた文章なのになんだか感動している。 それにしても終始読むのが難しい。言いたいことはわかるのだけどまどろっこしくて、それが面白い。





