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さおり
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@prn990908
だって本はさみしがりやさんだから…
  • 2026年5月20日
    まず牛を球とします。
    視点はシニカルなのにメッセージは直球で、それがたまらなく刺さった、すごく、すごく良かった。どうして今まで知らなかったんだろう。 出会ってしまった
  • 2026年5月15日
    ロシア 女たちの反体制運動
    言葉には力がある。 創作は無力などではなく、むしろ人を突き動かす力があるから、権力側は表現するひとたちを抑圧しようとする。 そういうことがまざまざと伝わってくる本だった。 ささやかでも、ちいさくても、わたしにはまだできることがたくさんあるとも思った 『ファシストには絵の具が足りない』という本があることをこの本で初めて知った、良いタイトル、良い言葉だ。
  • 2026年5月12日
    真の保守とは何か 近代日本の地下水脈
    リベラル、保守、という枠組みを自分から取り払って、自分が大事にしたいものは何か、ということを考えなくてはいけない、きっと、そうしなければ見えないものがたくさんある。 『金がある側、力がある側、数が多い側だけが民主主義を享受し、弱い者はその犠牲になってしまうというあり方は、もはや民主主義とは言えない。不平等が当然となってしまった社会で「普遍的な民主主義」にどう息を吹き込むか、そのことを考えることも、いま強く求められているのである。』 改憲派である中曽根さんが護憲派である後藤田さんを側近に置いて、その意見を尊重していたことを知れて良かった。 いずれにしろ「戦争はもうだめだ」ということが強く共有されていたのだと思う。 いまは、なにを共有できるのだろう。 それを探り当てることがこれからの突破口になる気がする。
  • 2026年5月9日
    現代日本人の法意識
    民主主義と法意識はやはり深く繋がっていて、日本はかなり遅れているんだなと痛感した。 近頃は権利という言葉がひとり歩きしているんだなとも思った。都合の良い「義務」や「自己責任論」というようなことではなくて、本来、権利と責任とはセットであって、そこをちゃんと考えて選んでいかなければいけないんじゃないか。責任とは何かを選ぶときに、「どの痛みならばわたし自身は引き受けられるのか」ということを考えて選ぶということなのではないか、と思った。日本の法意識も民主主義も遅れている、それを嘆くだけではなくて、まずはわたし自身の意識も変えていかなくてはならないなと思った。 良い本だった。読みたい本、読まなくちゃと思う本が増えたし著者の先生の他の本も読みたいなと思った。
  • 2026年4月29日
    言語化するための小説思考
    小説法、という言葉とその捉え方が面白かった。
  • 2026年4月26日
    そいつはほんとに敵なのか
    分かる、という言葉で他者の痛みを自分の痛みで塗りつぶすことを「連帯」と呼んでいいのかどうか分からない、というようなことが書かれてあって、そこがすごく心に残った。 塗りつぶしたくない、だれかの痛みを知ることを諦めたくない、どんな言葉をつかえばいいんだろう。 れおさんとの対談もよかった。 れおさんのやわらさがいいなと思った。 おなじところをさがすこと、みんな同じなわけがなくて、バラバラで違っていて、だから仲良くできないこともたくさんあるかもしれないけど、考え方が違っても真逆の主張をしているひと同士であっても、おなじだ、と思えるところ、似ている、と思えるところ、そういうところを頭に置いておく、それが誰も敵にしないということに繋がるのかも、と思えた。
  • 2026年4月22日
    夜明けまでに誰かが (創元推理文庫)
    夜明けまでに誰かが (創元推理文庫)
    展開がずっと転・転・転・転 「どうなるんだ、このあとどうなっちゃうんだ」がずっと続いて、それにひっぱられて、ページを捲る手が止まらない。すべてが明らかになったときの「ウワーッ?!」という衝撃を今でも味わえるしあわせ。ひとりの人間の生死を投票できめようとするのグロテスクすぎると思ったけど、今まさに現実で起こっていることなのでは? レッドもマディもレイナもみんな話が進むにつれ、かっこよくなっていってて、そこがいいな、と思った。 ラストがとても好きです。
  • 2026年4月15日
    水中の哲学者たち
    出会いたかった言葉がたくさんあった。
  • 2026年4月11日
    夜間飛行・人間の大地
    夜間飛行・人間の大地
    優しいひとだったんだろうな、と読みながら思った。素直なひとだったんだろうな、とも思った。「人間というものを信じたい、愛したい」という気持ちがずっと漂っている気がする。いまの世界を見たら、どう感じるんだろう、どんな言葉を綴るんだろう、と思ったけれど、あまり変わらないような気もするな、とも思った。静寂さがずっとあって、その静寂さが好きだ、と思った。遭難して幻覚をみた、みたいなことも書かれているのに、そういう出来事さえも、どこか静かでそれはたぶん、描かれている、描こう、としているものが、トラブルそのものではなくて、そこから垣間見える「人間」というものだからなのかな、と感じた。「人間たち」(最終章)にある言葉がどれもグッとひきこまれるものばかりで、自分のノートに書き写してしまった。 「戦争を否定しない者に戦争のおぞましさを納得させたいのであれば、相手を野蛮人呼ばわりしないことだ。判断する前に理解しようと努めたまえ。」 「人間を理解し、人間の欲求を理解するためには、そして人間の本質的な部分を知るためにはあなたがたそれぞれにとって自明な真実を互いに対立させてははらない。そう、あなたがたは正しい。あなたがたはみな正しい。論理は何だって証明する。世の中の不幸をせむしのせいにする者でさえ正しい。せむしたちに宣戦布告するなら、われわれはすぐさま戦意高揚のすべてを学ぶだろう。せむしたちの罪に対して復讐するだろう。確かに、せむしだって罪を犯すのだ。」
  • 2026年4月6日
    「書くこと」の哲学 ことばの再履修
    「書けないということを書く」ということ。 「書けない」ものはずっとわたしのなかにあって、「書けること」と「書けない」ことの関係は、切り絵をつくるときのそれに似ている。台紙を切り取ってできたかたちと、そのかたちに空いた台紙と。「書ける」ことと「書けない」ものがどちらにあてはまるのかはわからないけれど、たぶんわたしは「書けない」ものの形をたしかめるために「書きたい」と思っていて、その「書けない」もののかたちを詳らかに知るためには、「書く」ことの精度深くして、わたしの、わたしだけの「ことば」や「ことばの連なり」を作っていかないといけないんだろう、と思った。そして書いて、その書けなかったもののかたちに触れている、その行為が、わたしはたまらなく好きなんだな、と思った。 書きたい、なにかを、書きたい。
  • 2026年3月18日
    民主主義とは何か
    話が古代ギリシアからはじまって、正直「えっそんなところから…?」と思ってしまったけど、読み進めていくうちに「いや、こっからいるわ」となった。古代ギリシア、奴隷制度とか女性は議会に入れないこととかを棚上げして何を…と思わなくはないが、議会、議論というところに関しては参加する人間みんなが「平等であるということ」「みんなで決めるおいうこと」への意識がものすごく高かったんだなと思った。王や将軍も議会の場での発言力は他の参加者と同じとみなされて、批判に晒されていたというところで「へえええ〜」となったし、昔は民主主義があまりポジティブな言葉として使われていなかったこと、戦争が女性の社会進出を推し進めたことを知って新鮮だった。戦争と女性の社会進出の関係もそうだし、民主主義はポジティブな力だけではなくネガティブは力によって推し進められてきたところもある、というところは心に留めておきたいなと思った。 民主主義は神話でも宗教でもないから、グダグダになるときもあるし間違った方向に向かってしまうときもある、腐敗を招くこともあるし思いがけない形で推し進められることもある、民主主義は良いもの、みたいなイメージを抱いてしまっているところがあるけれど、そういう民主主義の脆さみたいなものをちゃんと意識しておかないといけないなと思った。それでも間違えた方向に行ってしまったときに、そこから脱することができるのも民主主義なんだ、ということが書かれていて、「希望…」と思った。 「多数派の意志はいかなる場合でも勝利するが、その意志が正しくあるためには理に適っていなければいけないという原則、少数派も多数派と同じ権利を持ち、法の平等はその権利を保障し、それを侵害するのは抑圧であるという原則である」という言葉が引用が引用されていて、この言葉を知れて良かったと思ったし日本国憲法第十四条…!と思った。日本国憲法が世界史における文明史的な意義を持つとも書かれていて嬉しかったな、とらつば大好きだから余計そう思ってしまう。 あと終章の「民主主義の未来」から「おわりに」にかけての言葉がとても好きだな〜となる。クライマックスにかけて、著者の人の熱が感じられる本は良い本だな〜!となる率がめちゃくちゃ高い、わたしの中で…まあ大体の本がそうなんですけど…… 「このような民主主義の未来は、必ずしも平坦ではないかもしれません。そのことは本書で繰り返し論じてきた通りです。それでも、今後いかなる紆余曲折があるにせよ、いくつもの苦境を乗り越えて、民主主義は少しずつ前に進んでいく、そう信じて本書を終えることにします。」 好き。 あとやっぱり日本はそういう意味で後進国なんだな〜と思った、それってもしかして法意識みたいなところとリンクしてるのかなと思ったからこのままつぎは「現代日本人の法意識」を読もうと思います。
  • 2026年3月12日
    現代ファシズム論
    ファシズムという言葉は軽々しく使ってはいけない、それと同時にファシズムという言葉を完全に封印してはいけない、それくらい取り扱いに注意しなければいけない言葉だ、言葉自体を恐れてはならない、けれど慎重に取り扱わなければならない。 しぶとく粘り強くやっていかないといけないんだな、と思った。わたしは現政権を支持していないしはやく退陣してくれないかなとずっと思っているけれど、もしかしたら短命政権なのかもしれないけれど、現政権が終わりをむかえたとして、それで「ああ良かった」で終わるんじゃなくて、つぎに政権につくのがどんな政党でどんな政策を打ち出してくるにせよ、ちゃんと監視しておかなければいけないんだ、と改めて思った、憲法はきっとそのためのものでもある。 あとこんな形で思い知りたくなかったけど、言葉はやはり重要だ、と思った。戦争の歴史で日本の侵略に関するところの教科書の文言が侵略から進出という言葉に変えられている、それが今の歴史修正主義や、若年層の現総理への支持率に繋がる一因なのではないか、というところをはじめて知ってゾッとした。わたしのときはまだ辛うじて侵略という言葉が使われていたように思う。 言葉は無力ではない、ということをなんというか悪い方向から知ってしまって結構ショッキングだったけど、でもやっぱりこういうところからでも変えられてしまうのだから、だったら逆も不可能ではないのでは、とも思った。たぶんそれは即効性はなくて、ながいながい時間をかけなければいけないんだろう、でもきっと無駄にはならない。それはもう残念なことに、わたしにとっては良くない形で証明されてしまっている、でも、だったら言葉を立て直すことも、そこからまた変えていくこともできるはずだ、と思った。 楽観視は危険だ、でも絶望にのまれないようにしなくてはいけない、そのためにはしんどくなったら心を休ませることもとても大事だ。 あとやはり連帯だけではなく、分断させられない、ということも大事なんだろう、どうしたら分断させられずにいられるんだろう、ということをずっと考えている。
  • 2026年3月8日
    独裁者の倒し方
    独裁者の倒し方
    武力行使によるやり方は泥沼化を招くということ、それが倫理的にいけないということではなく、事実として存在しているということが知れて良かったし、非暴力という形での抗議は民主化に繋がりやすいということが57%という数字を通して知ることができてよかった。(武力行使の場合は数パーセント、たぶん6%くらいだったはず、非暴力の場合の数字がインパクトがあってそっちしかちゃんと覚えてない…😂) 独裁者は手強い、なかなか倒すことはできない、取り巻くものは複雑で、圧倒的に向こうの持っている力の方が強い(ようにみえる)。それでも倒せないわけではない、「何が起ころうと独裁者を倒すには忍耐が求められる」、もっとしぶとくならなければならないのかも、とも思ったし、そのために自分の好きなものとか趣味とかそういうことを大事にしていかなきゃなと思った。これだけは譲れない、みたいなものをちゃんと明確にしておきたい、たくさんのひとと連帯するためにも。6章の「民衆に銃を向ければ終わり」と9章の「独裁者の倒し方」が特に好きだなと思った。 「民衆の抗議活動は、ほぼすべての独裁者にとって常に脅威だ。政権に異議を唱える人々が市街に繰り出したら、独裁者はあっさりそれを無視するわけにはいかない。行動を起こす必要があるが、発砲するように命じることはたいていできない。なぜなら、命令どおりに発砲する人が十分な数だけいなければ、銃は役に立たないからだ。そして、ほとんどの独裁者には、それだけの人がいない。」(6章) 「一般大衆が立ち上がったときには、独裁者はたんに武力に訴えるだけでは問題を切り抜けられない。政権に大きな亀裂が走り、崩壊の恐れが出てくるからだ。」(9章)
  • 2026年2月23日
    すべての、白いものたちの
    すべての、白いものたちの
    雪ににている.しろく、つめたく、やわらかい. 舞い降りてくるそのときに、思わず手をのばしてしまう、手をのばして、つめたい、と思ったそのときには、手のひらで溶けて透明になってしまっている.そういう美しさ、かなしくて、さみしい気配.溶けて、ひとつになる.くりかえして、くりかえして、それでもまた、舞い降りるそれに、ふれる.ただ、それだけ、ただ、それだけなのに、いとおしい、と思う.悲しい、と書いて、いとしい、とも読むのだった、と思い返した.
  • 2026年2月23日
    庭の話
    庭の話
    なるほどな〜と思いながら読んでいたら突然(?)「ないなら作るしかない」(by Y2K新書)みたいな話になり二次創作の話題が出てきて面食らってしまった.え、マジでそういう話ですか?と思いながら読んでいたらけど結構真面目にそういう話だった.読んでたらY2K新書聞き直したくなってしまった、聞き直そう. この本読んだあとにこれが読めて良かったな〜という自分だけの流れみたいなものがあり、今回は安吾ちゃんの「堕落論・日本文化私観」のあとにこの「庭の話」が読めてよかったな〜と思った.安吾ちゃんの「戦争と一人の女」と「続戦争と一人の女」に触れられているところがあって、わたしはまだこのふたつを読めてはいないが、でも、堕落論・続堕落論にも通じるところがあって、そしてそういうところを見つめなくてはいけない、みたいなことが書かれており、ちょっと話は逸れるが、やはり坂口安吾というひとの、剥き出しというか嘘のなさ、誤魔化しのなさみたいなところを感じてどうしてか嬉しかった. 連帯、という言葉をよくみかける.わたしのなかにも連帯したい、という気持ちがある、けれどもそれと同じくらいに「分断されられずにいる」ということも大事なんじゃないかなと思った.連帯、というとわたしはつよく手を握る光景を思い浮かべる、でも「分断されずにいる」というのは、視界にとどめておく、くらいのイメージで、「否定をしない」くらいの感覚 つよく手をにぎりたい、という気持ちはたぶん手を取る相手を(わたしが意識していようがいまいが)選んでしまう気がする、どうしても、でも「視界にとどめておく」というか「なんかいるな〜」みたいな感じだったらもっとゆるい感じでつながることができるのではないか、そういうつながりかたもなしにしなくても良いのではないか、そんなふうに思わされる. 「まあどう云う工合になるか、試しに電燈を消してみることだ」 という陰翳礼讃の最後の一文を反芻している
  • 2026年2月18日
    堕落論・日本文化私観 他二十二篇
    読めば読むほどこのひとのことを好きになってしまった.そもそも立ち読みしたときに、ひとつめの「ピエロ伝道者」の「空にある星を一つ欲しいと思いませんか?」というところがとても気に入って、ほぼ衝動買いしたし、ふたつめの「FARCEに就て」で括弧のなかでめちゃくちゃ喋ってて、そこで非常に親近感が湧いてしまい、もう安吾ちゃんと呼んでいる.安吾ちゃん、ずっと剥き出しで、大丈夫なのかと勝手に心配になるくらい、自分のこころを、感情をさらけ出していて、そういうところがすごく、すごく刺さってしまった.繰り返して読みたいところがたくさんある.これを開いたらこのひとに会える、みたいなものはたくさんあるけれども、これは、もう「いる」という感じだ、それくらいに腸からの言葉ばかりがあって、安吾ちゃんがここにいる.ここにいてずっと、バカヤロウ、みたいに叫んでいる、ひとりの女のひとのことをめちゃくちゃ好きで、めちゃくちゃ未練がましくて、太宰の死をめちゃくちゃ悲しんでいて落ち込んでいて、なんかもうそういうの全部ひっくるめて「人間」で、アア〜、好きだな〜ってなってしまう、好きです、うん、これはもう何度でも安吾ちゃんに会いたくなっちゃうやつだな、と思った.
  • 2026年2月13日
    プロジェクト・ヘイル・メアリー 下
    プロジェクト・ヘイル・メアリー 下
    下巻も「ワァァァァァァァァ〜?!?!?!」ってなりながら読了、終盤にいくにつれ友情に泣かされた.いやもう全人類プロジェクト・ヘイル・メアリーを読んでください.わたしたちはわかりあえる、わかちあえる、助け合うことができる、しょうもない分断になんか屈している場合ではない、目の前にあるその手を取れ
  • 2026年2月7日
    プロジェクト・ヘイル・メアリー 上
    プロジェクト・ヘイル・メアリー 上
    ずっと「ワァァァァァァァァァァ〜?!?!?!??!?!!!!!」って言いながら読んでる
  • 2026年1月31日
    名著でひらく男性学 <男>のこれからを考える
    名著でひらく男性学 <男>のこれからを考える
    ふ、複雑だ〜!でもこの複雑さをちゃんと見つめていきたいなと思った.内容としては複雑だけど対話という形をとって記されているからスラスラ頭に入ってきやすい.1章は4人それぞれの発表とそのあとに少し補足みたいな形がとられていて、1人1冊自分が語りたいテーマについての本の内容とそれについて自分の論を話されていてそこで紹介された本4冊とも読みたくなってしまった.テーマが保育の現場の話から戦争というところまでとても幅広く「うわ〜そっかそうだよな、言われてみたらそういうところに全然考えが及んでなかったよな…」みたいにたくさん思わされた.戦争では男も女も「客体化」される、男は「兵士」として徴兵され、女は「慰安婦」として働かされる、でも男は一瞬まがいものではあるが主体性を取り戻せるときがある、それが慰安婦と肉体関係を結ぶ時だ、という内容を目にしたときに「うわ〜、もう……うわ〜」となってしまった.そのあとに、強制的に徴兵されたという点においては確かに被害者であるといえるかもしれないが、そのことで慰安婦への加害がなかったことになるわけではない、というようなことが書かれていて、いやまじ…まじでそこなんよ…という気持ちになったし、男性学、決してフェミニズムと敵対するようなものではないなと強く感じたし、こういうところをちゃんと深く掘っていけばわたしたちはもっと力強く手を取り合うことができる、そう思う.2章は4人の対話という形で進められて、そこでも昨今のバックラッシュのことやメンズリブの孕んでいるリスクのことや、「キモイ」という言葉のこととかテーマは多岐に渡っていて、読みながらずっと「ンンンンン」と小さく唸っていた.西井さんが「僕はキモイって言われるの嫌です!」と言い切っていてそこがとても良いなと思った.
  • 2026年1月27日
    女優エヴリンの七人の夫
    女優エヴリンの七人の夫
    エヴリン〜;;終盤にかけてぽろぽろ泣いた…1人の人間の生きた証だった.フィクションだとか実在しないとかそういうことは関係なくこれは1人のひとの人生の話だと思った.間違えて正しくないこともしてそれでもどうしても欲しいものがあって守りたいものがあってときには矛盾が生まれたりする.エヴリン・ヒューゴというひとに、 「世の中のなにもかもがそんなに簡単に割り切れるものではないでしょう?」 とずっと言われている気がした. 人生において彼女がしてきたことの償いのためとか、彼女のいわゆる属性だとかそういうことを軸に語られるのをエヴリンは全く望んでいなくて、ずっとずっとひとりのエヴリン・ヒューゴとしてそこにいて、そこがすごくカッコよかったんだ. 好きとか嫌いとか良い人とか悪い人とかそういう枠組みをこえて、エヴリン・ヒューゴというひとのことを、わたしはこれからふとしたときに思い出すんだろうな、と思った.
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