いと(りお)
@may--5
- 2026年3月22日
堕落論・日本文化私観 他二十二篇坂口安吾読み始めた1年前に古本屋で買った堕落論。 なんとなく今かもと思って読み始めたら、本当に今読むべき本だった! なんでわたしの文章がつまらないのか言われてるよう。ぐさぐさねちねちと刺してくるかんじが心地よい - 2026年3月15日
- 2026年3月15日
「働く母」の子育て (ちいさい・おおきい・よわい・つよい No.130)内田良子,加納土,大谷尚子,木戸理恵,渥美京子,青野典子読み終わった - 2026年3月15日
子どもはみんな問題児。中川李枝子読み終わった - 2026年3月14日
ヴァージニア・ウルフ『ダロウェイ夫人』を読む小川公代,秦邦生気になる - 2026年3月7日
そいつはほんとに敵なのか碇雪恵読み終わった碇さんの思考に共感することが多すぎてほとんど自分かと思って読みそうになったけれど、なるべく切り離して読むようにした。 しかしナミビアの話が出てきたときにはもう私じゃんと思った 参政党支持者との対話は自分の思考が揺さぶられた 何事も、『ティンプトン』からはじめたい - 2026年3月7日
ボクらはへなそうる探険隊斎藤桂子,河崎道夫読み始めた - 2026年3月1日
ただ、そこにいる人たち小松理虔,認定NPO法人クリエイティブサポートレッツ読み終わった小松さんが『観光客』として障害者支援施設に関わっていく。報告書という枠を超えている。小松さんの文章は、きちんと情報もわかりやすく書いてある中に感情が剥き出しになっていて、過ごしていくうちに揺らいでいくさまが表れていて、もうそれは観光客でも研究者でも部外者でもなく、当事者、ここでいう共事者なんだと思った。 障害者、震災、戦争、それらは当事者性がつよいからこそ、外に開かれにくい。福祉の現場もそうだろう。というか、なんにでも言えることかもしれない。でも「どうせわからないでしょ」のスタンスではいつまで立っても変わらない。当事者性がつよいものこそ、外に開かれてもっと揺らいだり揺らしたりする必要があるのだと改めて思った。また、当事者性のつよいものは、「真面目に」の空気が流れている。だから触れずらい。けれど小松さんは、新復興論でもこの本でも、「ふまじめさ」という言葉を使っていた。小松さんのふまじめさはいつも誠実だ。てきとうじゃない。 - 2026年2月28日
ただ、そこにいる人たち小松理虔,認定NPO法人クリエイティブサポートレッツ読んでる - 2026年2月23日
ブラック・スワンズイヴ・バビッツ,山崎まどか気になる - 2026年2月23日
水曜生まれの子イーユン・リー,篠森ゆりこ気になる - 2026年2月23日
ほんとうのことを書く練習土門蘭気になる - 2026年2月22日
- 2026年2月21日
鏡子の家三島由紀夫読み始めたブルジョワな若者の話を読むの、夢があって楽しい そしていろんな人間がふらっと集まってくる鏡子の家に憧れる。鏡子自身は単調な日々を繰り返す人だけれど、家に来る男たちがいくつも不道徳を手土産に持ってくるから、その話を聞くことが鏡子にとっての彩りであって、つねに受け身の印象。その安心感が鏡子の家にはあるのだろう - 2026年2月16日
そいつはほんとに敵なのか碇雪恵買った読んでる自分の過剰な傷つきやすさから自分を守るために必死だった。分かり合えなそうな人や、自分と空気感が違う人、趣味が違う人はいつのまにか排除して、気づけば周りにいる人は居心地の良い、丁寧で、親切で、優しい人たちばかり。けれどそれってどうなのだろう。地元のコミュニティとだんだん距離を置き始めたのもそれが理由だろう。なまりの強さは口調の強さにつながる。おせっかい気質。シンプルに合わない。会えばいつだって引き戻される。過去の自分を常にアンラーニングしていくこと。けれどそれってどうなのだろう。 親切で丁寧で優しい人たちに囲まれた、居心地のよさ。自分が努力して獲得したこの世界って、なんだか、気持ち悪くないか。 『優しい暴力の時代』という本を読んでから、そう考えるようになった。 それって本当に優しさなのだろうか。優しさはいつだって遠回りで、あいまいさを持っている。それは時に人を傷つける。 傷つけること、傷つけられることと無縁でいることなんてできないし、傷つけるかもしれない、というじぶんの加害性をいつだって、私は持っている、ということを覚えておきながら人と関わらなきゃいけない。 自分が今まで排除してきた人たちや、アンラーニングしてきた自分を、思う。昨今の断罪的な社会に自分も加担していることを、思う。 まだ1ページしか読んでないが、気持ちを覚えておくために。 - 2026年2月14日
- 2026年2月12日
寝ても覚めても柴崎友香年末年始、実家で一気に読んだ。 映画で引き込まれた、唐田エリカ演じる朝子の、あの目が、小説の中にあった。いま目の前で起こることを、朝子は、一つひとつきちんと、自分の目で見ている。出来事と、思考が、淡々とかかれていく。でもヴァージニア・ウルフとはまた違うかんじ。柴崎友香さんの小説を他にももっと読みたい。 p38 『麦の動作は、一つ一つを独立した行為としてやり遂げる感じだった。好きだと思った。』 - 2026年2月12日
- 2026年2月12日
そいつはほんとに敵なのか碇雪恵気になる - 2026年2月3日
人といることの、すさまじさとすばらしさきくちゆみこ読んでる刊行トークイベントも行ったし、前作のだめをだいじょぶも本当に大好きで、この本が出るのを心待ちにしていた。 それなのに、まだ最初の数ページしか読めていない自分がいる。なぜか。前作で、内側に篭ってばかりのきくちさん自分を同化しすぎていたため、人と関わって生きることをはじめたきくちさんが、遠くにいってしまったようでさみしくて読めないのだ。それはとても勝手なことだし、私だけかと思っていたら、知り合いが同じことを言っていて驚いた。それだけきくちさんは親密な文章(まるで隣にいてくれているような)を書くからだろう。きっとこの本を読めるタイミングが私にもくる。それまで本棚でひっそりとしている。
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