火の精神分析(1015)
9件の記録
ジクロロ@jirowcrew2026年6月10日読んでる隠喩とは逆に、互いに呼び合い、感覚よりずっと整合されているので、ついには詩的精神が純粋に、そして単なる隠喩の統辞法(サンタックス)になってしまうといえるほどである。そのとき各詩人は、まさにひとつの花の「花式図(ディアグラム)」がその花の働きの意味と対称性を定めるように、彼の隠喩的な整合性の意味と対称性とを指し示すひとつの花式図として表わされるにちがいない。「実在の花で」この幾何学的な合目的性を持たないものはない。同様に、詩的イメージの一定の綜合なしに詩的開花はないのである。 (p.192) 隠喩のコスモス、その説明に「花」という隠喩を使うあたり。 この文章のうちにさまざまな「花」の意匠が見て取れる。 整えつつ咲かせるのではなく、おのずと整いながら咲いていく、そんな様が伝わってくる。
ジクロロ@jirowcrew2026年6月9日読み終わった「浸透する」こと、事物の「内部」にまで、存在の「内部」にまで入ろうとするこの欲求は、内奥の熱の直感の牽引作用なのである。眼のとどかぬところ、手で触れることのできないところ、そこに熱は秘かに忍び込む。 …… ノヴァーリスは、他のものたちが空の冷たい燦然たる広がりを夢みるように、大地の熱い内奥を夢みたのだ。彼にとって、鉱夫は「うらがえしの占星学者」なのだ。ノヴァーリスは光の放射よりも、むしろ集中された熱で生きる。 (第三章 精神分析と先史ノヴァーリス・コンプレックス) 外に放出する光よりも、内に潜在する熱。 手を伸ばすよりも、手で探り当てる。 視覚よりも触覚により、火を感じること。 タイトルだけを見ればテーマは狭く見えるけど、読んでみると、「火」というものの奥行きが計り知れないことがわかる。 それが空間的な奥行きであるところが、バシュラールの興味をそそったのではないか、と思う。













