「愛着障害」なのに「発達障害」と診断される人たち
8件の記録
上原のあ@uen702025年12月19日読み終わったAudibleで。 どちらかというと今、「自分は愛着障害を抱えたまま育ったのでは」と悩んでいる人より、これからの子育てや教育について考える人に向けた本だと思う。なので、自分のことに悩んでいる人には、「親が幼い頃の自分とどう関わってくれたか」というある意味自分にはどうしようもない部分で苦しみが始まっていて、そして読み終わったところで「私はもう、幼少期に作られてしまった劣等感をどうしようもないのかも」という気分になってしまうかもしれない。多分そういう部分は他の本に委ねられている。 著者の主張(こうすべきだ、と現状に批判する部分)について、少し首を傾げたくなる部分がちくちくと気になりはしたけれど、概ね面白かった。 私の兄弟はそれぞれ皆愛着障害を抱えている。 私が多分、一番安定型に近い気がしている。それはもしかしたら、唯一の下のきょうだいである弟とは少し歳が離れていて、それなりの年齢まで末っ子として育ち、母に対してよく甘えて、それなりに素直で、良い子で、下の子故の要領の良さがあったからなのかもしれない。 さほど歳の離れていない姉は、私が生まれてから、スッと母親から離れ、生まれたばかりの私や、母に引っ付きたがる兄に場所を譲り、聞き分けよく寝たのだという。母が語る微笑ましいエピソードだったはずものが、姉の抱える困難の一端になっていたのではないかと、どこか寂しくなった。 そんなことを思っていたら、姉は怒るかもしれない。私の抱いた、同情めいた、ヒロイックで傲慢な罪悪感を、多分姉は望まないと思う。 関係は悪くなって、連絡も数年取っていないきょうだいたちのことを、読みながら何度か思い浮かべた。
Mi.@coffee_no05112025年9月30日読み終わった借りてきた@ 自宅私は3人きょうだいの末っ子。 上2人は子どもの頃から少し変わっていて、大人になるにつれて仕事等に支障が出るようになったのか、同僚など周りからの後押しもあり病院を受診したらしく、みんな社会人になって各々生活しているので全然知らなかったけど、久しぶりに会ったら「ADHD」と診断されていた。 「発達障害」は遺伝の要素もあるし、よくよく母親の幼少期などのエピソードを聞くと、母もその面がありそうだし、自分も大人になって色々と学んで、そういう視点で言動とかを見てみると、やはり今なら母も「ADHD」と診断されそうだ。 一番上のきょうだいが最も顕著で、「ADHD」とはこういうものだという本を読んだことがあるが、まさに典型的に一番上の言動に当てはまっていることばかり書かれていた。 順番に「ADHD」の要素は軽くなっているようで、私は末っ子だからその遺伝が薄くなったのか、1番まともだと周りからも言われていた。 だけど、こうなると私にも少なからず、「発達障害」の気質があるのかなと。 だけどこれを読んで、もちろん遺伝という面は大きいものの、幼少期からの環境等がその後に大きく影響を与える可能性があることがわかった。 私たちきょうだいは母子家庭で育って、母は私たちを育てるためということもあるが、夜勤の仕事をしていたので、幼少期から3きょうだいだけで過ごしてきたし、夜勤で帰ってきて昼間はほとんど寝ている母親の姿ばかり記憶に残っていて、高校生くらいになると自分たちで家事をするようになった。 家庭の味といって思い出したのは、レトルトのハヤシライスだった。 幼少期からいろんなことを諦めてきた。 「愛着障害」「アダルトチルドレン」「機能不全家族」 私たちを表せそうな言葉はたくさんある。 「発達障害というネガティブな十字架から、障害を背負わされた子どもやその家族を解放すること。」 この本の著者さんはこのように綴っていた。 過去にもう少しこうしてくれれば、とか色々思うことはあるけれど、今さら過去を嘆いても仕方ないので、私のこれからの人生とか、今後、自分が親になる可能性も無くはないので、一つの知識として頭に入れておこうと誓った。




みつ@m-tk2025年3月6日借りてきたかつて読んだ---脳の情報処理の特性という点からしても、全員の子どもが同じことを学ばなければならないということ自体が無理な前提であり、一部の子どもに最初から不利な競争を押し付けることになるだけである。 発想を変えて、もっと大きな視点から進路を考える必要があるだろう。職業教育がもっと充実し、魅力的なものになることも必要だし、職業教育をもっと重視する意識改革も求められる。





