

みつ
@m-tk
気になった本を、読める時に読む。
心について考えたい。
ほんとうはもっとゆっくり生きていきたい。
- 2026年1月8日
後悔を活かす心理学上市秀雄借りてきた読んでる - 2026年1月8日
本・子ども・大人ポール・アザール,Paul Hazard,横山正矢,矢崎源九郎借りてきた読んでる - 2026年1月4日
傷のあわい宮地尚子買った読んでる - 2025年12月30日
心に折り合いをつけて うまいことやる習慣中村恒子,奥田弘美買った読んでる - 2025年12月30日
ことばのかたちおーなり由子ブックサンタ読みたい - 2025年12月30日
ハマれないまま、生きてます栗田隆子借りてきた読み終わった── 自分の思いを言葉で伝えられなかった悲しさ。「言葉がない」というのはまさに「子ども」であるゆえだ。自分の思いを押し殺さず、十全に伝えるには、「子ども」の私が持っている言葉はあまりに少なく、また表面的なものでしかなかった。あたりまえのそのことが私にはとてもつらかった。自分のことを言葉で伝えられない絶望や悲しさについて語りたい。 - 2025年12月30日
苦しい時は電話して坂口恭平借りてきた読んでる - 2025年12月30日
自殺者を減らす!波名城翔借りてきた読み終わった - 2025年12月30日
あなただけの人生をどう生きるか渡辺和子借りてきた読み終わった - 2025年9月7日
かかわり方のまなび方西村佳哲借りてきた読んでる - 2025年8月31日
- 2025年8月6日
他者の靴を履く アナーキック・エンパシーのすすめブレイディみかこ買った読んでる一万円選書── 彼女が獄中で書いためざしの歌が示しているのは、自分の靴が脱げなければ他者の靴は履けないということだ。そして逆説的に、自分の靴に頓着しない人は自主自律の人だということでもある。 - 2025年8月6日
〈自分らしさ〉って何だろう?榎本博明借りてきた読み終わった── 早くスッキリしたいと思うかもしれない。でも、今の自分に納得がいかないからといって、自分を否定する必要はない。 自己の二重性を思い出してみよう。「見られている自分」に対して納得のいかない「見ている自分」がいるわけだ。その「見ている自分」は、適当に流されている自分にも不満を持たなかった以前の自分と比べて、はるかに向上心に満ちた自分と言えるだろう。そんな自分は、けっして否定すべきものではない。むしろ肯定し、応援すべきなのではないだろうか。 - 2025年7月13日
- 2025年6月8日
読み終わった買った一万円選書---この世界に生まれて、大切な親に認めてもらうために頑張る、その最初の頑張りが、そのまま人生の最後まで続く頑張りである。多くの人にとって(九割以上の人々にとって)、これは真実である。 親から引き継いだ頑張りを修正するのは、最初は思春期である。親の生き方に疑問を投げ掛け、抗議し、反抗し、一緒に生き方を変える。 結婚して子どもを育てれば、自分の子どもが思春期になった時に、再び、同じ問題に直面する。自分の思春期に修正しきれなかったものが子どもに引き継がれ、再び課題に上るのだ。子どもの思春期問題を通じて人生を見直す。二回目が一回目と違うのは、その歳になっていると人生の先の時間よりも振り返る時間の方が長くなっているから、人生のほぼ全体が見えているという点である。 ああ、自分の生き方は生まれてからずっと変わっていないな、と思って(この世界での)生き方の土台が見えると同時に、ああ、この部分は自分は我慢してきたんだと長くかかえてきた辛さもまた見える。変わっていない生き方の基本、その上にかかえてきた生き方の矛盾、その両方が見えると、人生がまるごと見えたことになる。 - 2025年6月2日
会社のためではなく、自分のために働く、ということチェ・イナ,中川里沙買った読んでる一万円選書 - 2025年6月2日
- 2025年5月7日
- 2025年5月4日
カラー版 本ができるまで 増補版岩波書店編集部買った読んでる---「本の第一義は、本文紙に印刷された文章や数式の内容でしょう。でも同時に本は、紙やインキやクロス、革、ノリなどでつくられたモノ(マテリアル)でもあります。モノにはモノだからこその魅力があります。それは表紙を包むクロスや革の匂いや手触り、あるいはその本を贈ってくれた人の思い出かもしれません。その人を思い出すためだけに本を手に取ることもあるでしょう。それができるのは、本がモノだからです。私は本書の初版で栗津潔印刷博物館初代館長が述べていた『いかに情報技術や産業が栄えても、人類はけっしてモノを捨てない』という言葉に強く共感します。私たちにはそれが絶対に必要だと思うからです」 - 2025年4月26日
会社を変える分析の力河本薫借りてきた読み終わった---「データ分析」を行為ではなく目的まで遡って考えたとき、「データ分析」に求められる本当の能力が見えてきます。「料理」にたとえると、「人を味覚で感動させる」という目的まで遡って考えれば、料理人に求められる本当の能力が見えてきますね。同じように、「データ分析」について「意思決定に役立つ」という目的まで遡って考えれば、それに求められる能力が見えてきます。 この目的に照らせば、「データ分析」とは、数値計算やデータ処理といった定型的なプロセスに納まるものではなく、どのようなデータをどのように分析すればどのような意思決定に役立つかを考える創造的な思考プロセスの側面を持ちます。
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