タトゥーママ

タトゥーママ
タトゥーママ
ニック・シャラット
ジャクリーン・ウィルソン
小竹由美子
岩波書店
2025年8月16日
15件の記録
  • 尾高
    尾高
    @otakake
    2026年6月2日
    イチゼンブックス6月の選書  読後の正直な感想を敢えて飾らずに述べるとすると、「非常にクソッタレな気分」であった。とてもじゃないが『近所のパン屋で焼きたてのパンを買い、公園のベンチで読む』なんて素敵なシチュエーションにふさわしい読後感ではない。むしろ台風がくる前日の、雨足の強まる重苦しい湿度の中で読んでよかったとさえ思った。  育児中の自分にとって、育児放棄をされている子供を見るのはとても辛い気分になる。教師をやっていたとき、マリゴールドほどの親はいなかったが、決して「一般的ではない」家庭の子供を何人もみてきた。幸いにも彼らの多くは成人し、その姿を見ることができたが、決して全てではなかったことは今でも忘れられないでいる。  だから私にはマリゴールドを肯定することは絶対にできない。  これはそういう物語だ。と、思考を止めてしまおうかとも思ったが、せっかく時間を使ってこんな「クソッタレな気分」になったのだから、もう少し考えてみてもいいんじゃないか。そう思って、何章かを読み返した。  そして思ったことは、マリゴールドという女性の空虚さだった。  マリゴールドは母親には向いていない。それは彼女自身が自覚している。空想と夢と美しく独創的な世界に生きるマリゴールドは、刹那的な感情と情熱に突き動かされる人だ。彼女はなぜ娘2人を捨てなかったのだろうか。マリゴールドにとって、「ママ」でいるというのは彼女に許された居場所の一つだったのではないだろうか。ママと呼ばれている間、マリゴールドはどんな最低であろうとも、ママとして存在することを許される。(娘が一生懸命書いたバースデーカードを裏紙として使い、それをゴミ箱に捨ててしまっても)そう求められている。ママと呼び、愛してと縋る娘を抱くことで自己を肯定することができる。だから手放せなかったのではないか。  物語が進むにつれて、マリゴールドからはいろんなものが剥がれ落ちていく。  フラッシュの仕事だってろくにできない。スターの母親であることも拒まれ、出ていかれてしまった。ミッキーからも再会を望まれず、ドルは里親のところへ保護された。病院での投薬治療によって、燃えるような衝動もファンタジーも消えてしまって、さてそうして残ったマリゴールドとは一体なんだろうか。  家族も、想像力も、若さも、全部剥がれ落ちてしまったただのマリゴールドに己を肯定するだけのものは残っているのだろうか。  そう考えると、マリゴールドは他人事ではない。  かつては姉であり、娘であり、妻であり、先生であり、いまはママという役にいるが、やがてはその役を演じることも少なくなっていくだろう。妻であることも、娘であることも、姉であることもそうだ。いつかは登場しなくなる。 残るのは1人の人間だ。そうなったとき、自分は自分であると自信を持って立っていられるだろうか。加齢と共に湧き出る言葉は乏しくなり、発話も衰えていく。かつてはそれを自身の証明としていたが、加齢で少しずつ削がれていく様を実感して以来、それにも自信がなくなってきた。  以前、女性作家が母親としての役を少しずつ降り、自分自身を取り戻していきたいという話を読んだが、最初はよく理解できなかった。  先日完結した『海が走るエンドロール』の60代の主人公が、ずっとずっと焦っている理由が芯のところで腑に落ちていなかった。  けれどそれが、マリゴールドの存在でようやく理解できたかもしれない。  全ての役を降りたとき、私は私を証明できるだろうか。  これが焦りと不安の正体なのかもしれない。  私にできることは多くない。マリゴールドと大差ないかもしれない。  だからこの不安と焦りは誤魔化してはいけない。知識でも、経験でも、交流でも、とにかくなにか少しでも獲得していかなければいけない。  43歳になる6月に、この焦りを直視できたことは幸運であると思いたい。
  • 尾高
    尾高
    @otakake
    2026年6月2日
    選書でなければ絶対読みたくなかった本。 ヤングケアラーの女の子が、酒と(もしかすると薬と)タトゥーに依存する母親をとにかく愛そうと頑張っている姿をずっと読まされている。 唯一の肉親を愛さなければ、たった一人ぼっちになってしまうという恐怖が痛々しい。 助けようと手を差し伸べた人達すら遠ざけてしまい、姉と母がいれば世界は大丈夫なのだと言い聞かせている。 優しく賢く、常に妹を守ろうとしていた姉はついに出ていってしまった。もう読んでいくのも辛い。
  • 39books39
    39books39
    @39books
    2026年1月5日
  • 葉山堂
    葉山堂
    @hayamado
    2026年1月3日
  • ハルコ
    ハルコ
    @inu865
    2026年1月1日
    毎日のように飲んだくれて気ままに暮らすマリゴールドのめんどうをみる姉、スター。異父妹、ドル。ある日、スターの父親をマリゴールドが見つけきてからバランスが崩れ始める。 親は、特に母親は子どもに無償の愛情を注ぐものだという幻想があるが、とんでもない。子どもたちこそ、ただひたすらに親を愛してしまうもの。 だからこそ、世の中が見えてきたスターは、マリゴールドにまともな母を求めるし、ドルはありのままのマリゴールドを見ている。 それはもう、他者にはどうすることもできない。正しさは愛ではないし、愛だけでは正しく生きられない。 ヤングケアラー、双極性障害、シングルマザーの貧困、ディスレクシア、と現代のさまざまな問題を描きつつ(2000年に!)、近年、続編も発行されたそうなので、そちらの邦訳も楽しみ。
  • oto
    @stuna
    2025年12月30日
  • はな
    はな
    @hana-hitsuji05
    2025年11月22日
    前半は姉のスターに共感出来る部分が多かったけど、後半は妹のドルの気持ちを考えてしまった。 健康で生活のことを全てこなして良い母親でいるってすごいハードル。 自分の体調をコントロール出来ないし、仕事に就くのも毎日子どもの世話をするのも、常に完璧になんて出来ない。 「私って本当にダメな母親」と自身を嘆くマリーゴールド。 だからと言って子どもが親や食事やお金の心配をして世話をするのも違うしな。 食べ物をくれそうな人にすり寄ってポテトやアイスを恵んでもらうのは、恋じゃない。 でもどうやって誰に見つめられて生きていけばいいのか。 姉妹は悩み抜いた挙句、それぞれが自分で判断して大きな選択をする。 それがどんな答えに繋がるのか、彼女たちの人生の続きが知りたい。 生活保護、疾患、ヤングケアラー、いじめ、図書館、タトゥー、ケーキで夕食。
  • でんでん
    @saizeriya1
    2025年11月21日
    読了。 どんな母親であっても子供は母親が大好きなんだ。というか、保護者がいないと生きられないんだ。子供の目線になって考えると切なくて、泣きながら読んだ。 可哀想に見えるけど、本人達はそう思わない。 与えられた環境で生きるしかない。中学生くらいになってこれはおかしいと気づくんだろう。 子供にはいろんな人の支えが必要だ。 この本は小4.5以上向けの児童文学だけど、これを子供の頃に自分が読んでいたらどう思っただろう? 今年大人向けに続編が出た(出る?)らしいから、翻訳されるのを楽しみに待つ。 20年くらい前ですごくうろ覚えだけど柳楽優弥が出てた「誰も知らない」と、同じくらいの時に観た「サラ、いつわりの祈り」を思い出した。
  • はな
    はな
    @hana-hitsuji05
    2025年11月19日
    今のところマリーゴールドに対して、かなり破天荒なママだなと読みながら目がパチパチしてる。 「(架空の)母親」というイメージとの乖離。 踏み絵の前にいる感覚にもなる。 彼女に対してどんな気持ちになるのか、それは何から由来するのか。 情緒不安定で支離滅裂、子どもを家に置いて翌朝まで帰らない親は、大人目線で見れば問題ありだ。異父姉スターはそういう視点を持ち始めて反発している。 主人公のドルはまだ母の存在を求めてる。 マリーゴールドを理解しようとする姿が、いつか裏切られたり傷つけられたりするのかな。 自分も思春期の頃、小さなの頃の厳しい躾をリベンジするような感情で理想像と違う母を減点方式で厳しく見ていたし、世の中の正しいからなぜ外れたことをするのかと思っていた。スターの気持ちわかる。 2004年に偕成社から刊行されたこの本が、岩波少年文庫から出てるの面白い。 出版社を跨ぐことってあるのか〜。
  • 私
    @watashi
    2025年9月12日
  • Hana
    Hana
    @s12
    2025年9月4日
  • ヨムコ
    ヨムコ
    @yom_co
    2025年8月9日
  • oto
    @stuna
    1900年1月1日
読書のSNS&記録アプリ
hero-image
詳しく見る
©fuzkue 2025, All rights reserved