刑事司法とジェンダー増補

刑事司法とジェンダー増補
刑事司法とジェンダー増補
牧野雅子
インパクト出版会
2020年10月1日
8件の記録
  • yo_yohei
    yo_yohei
    @yo_yohei
    2025年12月19日
    2024年12月、滋賀医科大生による集団の性暴力事件について、高裁で逆転無罪判決が出た。この判決に疑問を持った人たちから抗議の声が上がったのだが、一部の弁護士やインフルエンサーが「判決文も読まずに抗議をするな」などと冷笑し、声をあげた人たちを黙らせようとした。無罪判決を出した高裁と冷笑しぐさの人たちに強い違和感を抱いた私は、刑事事件には構造的に重大な欠陥があるのではないかーー、そう感じるとともに、冷笑しぐさの人たちと距離を置くためにも、本書を手に取った。 本書は、前半と後半で分かれている。前半では、実際に起きた性暴力事件について、取り調べの段階から判決に至るまでが詳細に追っている。ここで私が強く感じたことは、取り調べから判決まで、性犯罪の扱い方には「型」があるということだ。(もちろん性犯罪だけでなく、全ての犯罪には「型」があるのだろう。)その「型」に、本来多様であるはずの事件を押し込めようとすると、重要な部分がこぼれ落ちてしまう。結果、「あの事件はなぜ起こったのか」という大事な問いに対する応答は闇に葬られる。さらに深刻なのは、警察や検察、司法が用いる「型」には強烈な偏見が内包されている点だ。捜査から判決に至るまでの過程で、その偏見・スティグマが再生産されていってしまう。 後半では、加害者の語りと、著者と加害者のやりとりが描かれる。取り調べでは「型」に押し込められ、極端に単純化されていた加害者像とは異なり、ここでは一人の固有の人間としての加害者が立ち上がってくる。それは、取り調べや判決で押し込まれた「型」には収まらない、加害者が自由に証言した歪んだ認知からくる生の語りだ。この強烈に歪んだ認知は、読んでいるだけでも非常に苦しかった。 もちろん刑事司法システムで問題になっているのは、スティグマの再生産だけではない。警察による防犯活動から司法の判決に至るまで、被害者の落ち度を責め、性犯罪を被害者の責任にしようとする動きはいたるところにある。だからこそ、「それはおかしい」という、冷笑にかき消されない世論形成を築くことから始めないといけないのであろう。
  • くりこ
    くりこ
    @kurikomone
    2025年9月8日
  • 修二
    修二
    @shu_2
    2025年9月8日
  • yo_yohei
    yo_yohei
    @yo_yohei
    2025年9月8日
    途中まで読んだ感想を。 この本では、実際に起こった性暴力事件を取り調べの段階から詳細に追っていきます。そこで描かれるのは、取り調べから判決まで、強烈な偏見のもとに進められ、スティグマが再生産されていく様子です。それはおそらく男性のみで作りあげたシステムだからでしょう。 例えば、取り調べでは、強姦が性的欲求の解消として行われた前提で話が進んでいきます。しかし、TBSラジオ「Session」の特集「もしも家族が、性犯罪の加害者になったら?加害者家族の支援の現場から考える現場と課題」でも触れられているとおり、性暴力は、性的欲求のみで行われるのではなく、複合的な快楽が凝縮されたものです。 また、当事件は、加害者が、女性に対する差別意識、性被害にあった女性は「汚らわしい」と考えるスティグマを利用していますが、司法の各過程で、加害性の追求として差別意識やスティグマに言及している様子はありません。通報妨害や隠蔽工作の一種として指摘されているのみです。また、検察も「強姦されたことで母となる夢を壊された」という被害者が言っていない事柄を論告するなど、スティグマを再生産し、スティグマをさらに強固なものにするように動いています。
  • ランタナ
    ランタナ
    @lantana26
    2025年9月8日
  • はな
    はな
    @hana-hitsuji05
    2025年9月5日
  • 修二
    修二
    @shu_2
    2025年9月5日
  • yo_yohei
    yo_yohei
    @yo_yohei
    2025年9月5日
    2024年末の性暴力事件の無罪判決に対して、さまざまな抗議が起こりました。 その抗議活動の一環として、change.orgでの署名が募られましたが、その署名の宛先が裁判官訴追委員会だったことから、過剰とも思えるほどの反発・難癖が巻き起こりました。一部の弁護士からは、揶揄や嘲笑まじりで、「裁判官訴追委員会への抗議は裁判官の独立を脅かすものである」「判決文を読まず、報道の内容だけで抗議をするのは適切ではない」という内容の投稿が数多く出されました。 私自身は、裁判官訴追委員会への抗議は不適切だったと思うものの、抗議は正当なものだったと考えています。そして、無罪判決を出した裁判所、及び抗議活動した市民を揶揄したり嘲笑したりした一部の弁護士には今でも強い不信感を抱いています。 そのような経緯から、この本を読み始めました。
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