
yo_yohei
@yo_yohei
シンガポールでドラムを叩いています。シンガポールに来ることがあったら、気軽に声かけてください。
今ボクはゲーム作りにハマっているので、プレイしてコメントくれたら泣いて喜びます。以下URLからプレイできます。
- 2026年4月5日
読書と暴動 プッシー・ライオットのアクティビズム入門ナージャ・トロコンニコワ,清水知子,野中モモ読み終わった@ シンガポール「政治的行動はアウトソーシングできない」 本書はプーチンによる悪政に抗議・抵抗している集団「プッシー・ライオット」の生みの親がどんな抗議活動を行ってきたか、どのような収監生活を送ったか、そして、そこからどのような学びを得たかが書かれている一冊だ。 あとがき(解説?)を読むと、著者は抗議活動だけでなく、様々な団体を立ち上げ、寄付活動も行っている。 彼女らの行動を知って熱い気持ちになる一方、この本を読んでいて常に思い浮かんでいたのは、高島鈴著『布団の中で蜂起せよ』だ。 『布団の中で〜』は、布団の中で動けないでいるときも、生きているということ自体が抵抗であり、それも紛れもなく抵抗の最前線なのだと説いた本だ。 激しい抗議活動をすることも一人動けないで布団の中にいるのも共に抵抗の最前線だと思う。 - 2026年4月2日
背表紙の学校奈倉有里読み終わった@ シンガポール最近の読書は、途中で読むのをやめてしまう本ばかり出会っていたので、ここには書いていませんでした。 『背表紙の学校』は前作『文化の脱走兵』よりも軽い話が多いなと思ったけど、あとがきを読んで納得しました。詩が多く引用されているので、本書を読んでいるだけで、詩の良さがわかるようになる気がします。 ある現象を短い文章で的確に言い当てるところも健在です。奈倉さんはすごいなあ。 - 2026年3月25日
- 2026年3月19日
- 2026年3月4日
あたらしいともだち かわじろう短編集かわじろう読み終わった@ シンガポールすごく好きなマンガだった。新しく好きになる作家ができると、とても嬉しい。 作者のXのアカウントから第一話が読めるので、それで、この短編集が好きになるかわかると思います。 - 2026年2月24日
短くて恐ろしいフィルの時代ジョージ・ソーンダーズ,岸本佐知子読み終わった@ シンガポール一見、カオスな世界観だけど、驚くほどに“今”を描いている。でも、この原著が発表されたのは2005年らしいから更に驚き。さすがソーンダーズ先生だ。 はっきり言って、今、日本は大ピンチだと思ってるんですが、この本を読んで、「これって今の日本のこと描いてるんじゃない?」と思う人が1人でも多く増えたらいいなと思います。 ここからはネタバレの感想ですが、 とても面白く読んだ一方、フィルの時代を終わらせたのが内側からの自浄作用ではなく、外側からの圧力だったことが暗澹たる気持ちにもなりました。現在、大ピンチな日本、そして世界を変えるには、自分たちの力だけではなし得ないのだろうか。そうじゃないと思いたい。 - 2026年2月24日
ソーンダーズ先生の小説教室 ロシア文学に学ぶ書くこと、読むこと、生きることジョージ・ソーンダーズ,柳田麻里,秋草俊一郎紹介今、『ソーンダーズ先生の小説教室』がKindleで半額になっています。ボクの「棺桶に入れてほしい本」の一冊です。これがあれば、あの世でもずっと何かを作っていられる気がする。 - 2026年2月20日
刑務所で当事者研究をやってみた向谷地生良,村上靖彦気になる「シリーズ ケアを開く」だし、以下の紹介文からも気になっている。 「「シャバより刑務所のほうがマシ」と彼らは言った。他者に頼ることを知らないその人たちを「犯罪者」として裁き、…」 - 2026年2月17日
- 2026年2月8日
- 2026年2月5日
ソーンダーズ先生の小説教室 ロシア文学に学ぶ書くこと、読むこと、生きることジョージ・ソーンダーズ,柳田麻里,秋草俊一郎まだ読んでる@ シンガポール第二講(?)を読了。 ツルゲーネフの『のど自慢』を題材に選んでいるのだが、なぜこのような冗長な小説を題材に選んだのか、読んでいてずっと疑問だった。 だが、ソーンダーズ先生(この本を読むとソーンダーズ先生と呼びたくなる)の講義部分を読んで、鳥肌が立った。 「自分が夢みた作家傷とはほど遠い作家になるかもしれない。けっきょくのところ、書き手はよくも悪くも、本当の自分に書けるものしか書けない。」という部分に深く、とても深く共感する。 芸術家は自分がどのような芸術家に成長するか、自分で取捨選択することはできないのだ。 いつかソーンダーズ先生に会うことができたら、ガッツリ握手したい。 - 2026年1月31日
読み終わった@ シンガポール以前読んだ『やっと言えた』を通じて、カウンセリングという場で「こんなにも怖いことが起こりうるのか」と衝撃を受けた。いったいカウンセリングとは何なのだろうという疑問から本書を手に取った。 本書は感動を覚えるような類いの本ではないかもしれない。だが読み進めるうちに、自分でも驚くほど深く感動していた。ここまで心を動かされたのは、『やっと言えた』を先に読んでいたからでもあると思う。そして読み終えたあと、私は『やっと言えた』にも改めて深い感動を覚えた。本書『カウンセリングとは何か』と『やっと言えた』は、互いを補い合う関係にあると感じている。 本書は、さまざまな各論が点在しているカウンセリングの世界において、それらを比較しながら整理し、全体像を描き出した一冊である。(こうした本は、これまであまりなかったのではないだろうか。) この本を読んだことで、なぜ心理士があの心理士を批判していたのか、その理由がなんとなくわかったし、また、自分自身に対しても、ある程度のセルフカウンセリングができるようになった気がする。(あくまで「ある程度」ではあるが。) - 2026年1月23日
- 2026年1月23日
フェミニスト経済学ハンドブックエブル・コンガー,グンセリ・ベリック,日本フェミニスト経済学会気になる読みたい - 2026年1月18日
- 2026年1月13日
その子どもはなぜ、おかゆのなかで煮えているのかアグラヤ・ヴェテラニー,松永美穂読み終わった@ シンガポール常に不穏な空気が流れている、通常の散文と詩の中間のような文体だった。ハン・ガンの小説にも詩的な要素が感じられるが、本書はそれ以上に抽象度が高く、より濃密な詩的成分を含んでいるように思う。物語はさまざまな場所へと飛躍しながら進み、その全体を通して暴力と死の匂いが漂っている。文章は切迫しているようでもあり、同時にどこか俯瞰して語られているようにも感じられる。 読んでいるあいだ、終始、不安で不穏な気持ちになっていた。しかし一方で、私はそうした感情を味わいたくて、小説を読んでいる部分もある。 - 2026年1月11日
読み終わった@ シンガポール本書は、自閉症の当事者である著者が自身の経験について綴った一冊である。個人的な体験に基づく貴重な証言であると同時に、文章そのものがとても面白い。 私は正式な診断は受けていないものの、心療内科医から「ASD/ADHDの特性があると思う」と言われたことがあり、自分自身でもその自覚がある。その立場から読むと、著者が語る困難には身に覚えのある部分が多かった。もちろん、著者が直面してきた苦労・今も直面している苦労は、私の比ではないが。 また、著者はいわゆる“重度”の自閉症を持つとされているが、一括りに“重度”と言っても、その症状や困難のあり方は個々人によって違う。“自閉症”というラベルではなく、その人自身と向き合うことの大切さを本書は伝えてくれるものだった。 - 2026年1月7日
読み終わった@ 横浜市シンガポールで暮らすなかで、日々実感しているのは、「自分は“日本人”というアイデンティティを捨てることができない」という事実だ。それはつまり、日本人としての責任と向き合うことでもある。加害の歴史を背負う側に属する日本人として、朝鮮半島の現代史を知ることは一つの責務だと感じ、本書を手に取った。 7年にも及ぶ執筆活動の成果に納得させられる内容だった。「韓国の民主主義の最大値は分断体制が規定する」という指摘が示す通り、「分断」を口実に韓国の民主主義が幾度も脅かされてきた過程が、具体的に描かれている。 本書によって、韓国現代史を理解するための基盤が自分の中にできたように思う。今後、韓国に関する文献や小説を読む際にも、これまでより一段深い理解が可能になるはずだ。 - 2026年1月3日
読み終わった@ ソウルアメリカが突然戦争を始めて言葉を失っている。今ある戦争をやめさせることができないばかりか、新たな戦争が始まってしまったことに虚無感を覚える。 ——— 本書は、『純粋理性批判』『精神現象学』『存在と時間』といった難解な哲学書について、「そこに何が書かれているのか」を概観できる入門書である。同時に、現代社会が抱える「真実(陰謀論)」「共同体(排外主義)」「不安」といった問題を、これらの哲学を手がかりに捉え直そうとする試みでもある。 まず、哲学書の概要解説としては非常に優れていると感じた。カント、ヘーゲル、ハイデガーという、通常であれば専門書を何冊も読まなければ全体像がつかめない思想について、「それぞれが何を問題にしていたのか」が明確に整理されている。本書を通じて、これらの哲学書に「何が書いてあるのか、少なくとも輪郭は理解できた」と感じられたのは大きい。これほど平易にまとめられているのは、著者の膨大な知識と読解の蓄積によるものだろう。 一方で、現代社会の問題を「どのように捉え直すか」という点については、やや物足りなさも残った。たとえば陰謀論について考えると、それを強く信じている人々は、カントが想定した「誰もが共有する理性」をすでに放棄している存在なのではないか、あるいはカントが警戒した擬似科学を積極的に支持している人々なのではないか、という疑問が浮かぶ。もしそうであるなら、著者が提唱するように「議論や対話を通じて真実の追求を目指す」という構図は、必ずしも容易には成り立たないのではないか。 排外主義についても同様である。ヘーゲルの言う相互承認が成立していないからこそ、現在の排外主義的状況があるのだとすれば、「相互承認が欠けているのだから、相互承認を回復しよう」という説明は、やや循環的に感じられる。また、排外主義を「不安からの逃避」として説明することも、一つの側面ではあっても、それだけでは捉えきれない複雑さがあるように思う。 総じて、本書は難解な哲学を理解するための導入としては非常に有用である一方、現代社会の問題の「本質」に迫るためには、陰謀論、排外主義、不安といったテーマごとに、より踏み込んだ個別の検討が必要なのではないか、という印象を持った。 - 2026年1月1日
読み終わった@ シンガポール本書はまず世界を席巻している、人生や人格を「物語化」することの危険性について説いている。「物語化」することで、必ずこぼれ落ちるものが出てくるからだ。 そして、「物語化すること」の代わりになるものとして、「ゲーム」、「パズル」、「ギャンブル」、「おもちゃ遊び」を挙げ、それぞれのメリット、デメリット、それぞれの関係性を挙げる。世界をどのように見るか。物語的にみるか、ゲーム的に見るか、パズル的に見るか。もしくはギャンブル的、おもちゃ遊び的に世界のあり方を壊すか。 確か、村上春樹と河合隼雄の対談で「人間は物事を物語を通してしか見ることができない」と言っていたことを思い出した。だが、この文言は本書と矛盾しないと思っている。村上春樹と河合隼雄は”物語”というものを広義の意味で使用しているのに対し、本書では”物語”を狭義の意味で使っていると思う。村上春樹たちが使っていた”物語”を細分化すると、”物語”、”ゲーム”、”パズル”、”ギャンブル”、”おもちゃ遊び”になるのではないだろうか。 日々、漠然と考えていたことを言語化してくれたような読書体験だった。
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