Reads
Reads - 読書のSNS&記録アプリ
詳しく見る
yo_yohei
yo_yohei
@yo_yohei
シンガポールでドラムを叩いています。シンガポールに来ることがあったら、気軽に声かけてください。 今ボクはゲーム作りにハマっているので、プレイしてコメントくれたら泣いて喜びます。以下URLからプレイできます。
  • 2026年1月7日
    分断八〇年 韓国民主主義と南北統一の限界
    シンガポールで暮らすなかで、日々実感しているのは、「自分は“日本人”というアイデンティティを捨てることができない」という事実だ。それはつまり、日本人としての責任と向き合うことでもある。加害の歴史を背負う側に属する日本人として、朝鮮半島の現代史を知ることは一つの責務だと感じ、本書を手に取った。 7年にも及ぶ執筆活動の成果に納得させられる内容だった。「韓国の民主主義の最大値は分断体制が規定する」という指摘が示す通り、「分断」を口実に韓国の民主主義が幾度も脅かされてきた過程が、具体的に描かれている。 本書によって、韓国現代史を理解するための基盤が自分の中にできたように思う。今後、韓国に関する文献や小説を読む際にも、これまでより一段深い理解が可能になるはずだ。
  • 2026年1月3日
    別冊NHK100分de名著 集中講義 三大哲学書
    アメリカが突然戦争を始めて言葉を失っている。今ある戦争をやめさせることができないばかりか、新たな戦争が始まってしまったことに虚無感を覚える。 ——— 本書は、『純粋理性批判』『精神現象学』『存在と時間』といった難解な哲学書について、「そこに何が書かれているのか」を概観できる入門書である。同時に、現代社会が抱える「真実(陰謀論)」「共同体(排外主義)」「不安」といった問題を、これらの哲学を手がかりに捉え直そうとする試みでもある。 まず、哲学書の概要解説としては非常に優れていると感じた。カント、ヘーゲル、ハイデガーという、通常であれば専門書を何冊も読まなければ全体像がつかめない思想について、「それぞれが何を問題にしていたのか」が明確に整理されている。本書を通じて、これらの哲学書に「何が書いてあるのか、少なくとも輪郭は理解できた」と感じられたのは大きい。これほど平易にまとめられているのは、著者の膨大な知識と読解の蓄積によるものだろう。 一方で、現代社会の問題を「どのように捉え直すか」という点については、やや物足りなさも残った。たとえば陰謀論について考えると、それを強く信じている人々は、カントが想定した「誰もが共有する理性」をすでに放棄している存在なのではないか、あるいはカントが警戒した擬似科学を積極的に支持している人々なのではないか、という疑問が浮かぶ。もしそうであるなら、著者が提唱するように「議論や対話を通じて真実の追求を目指す」という構図は、必ずしも容易には成り立たないのではないか。 排外主義についても同様である。ヘーゲルの言う相互承認が成立していないからこそ、現在の排外主義的状況があるのだとすれば、「相互承認が欠けているのだから、相互承認を回復しよう」という説明は、やや循環的に感じられる。また、排外主義を「不安からの逃避」として説明することも、一つの側面ではあっても、それだけでは捉えきれない複雑さがあるように思う。 総じて、本書は難解な哲学を理解するための導入としては非常に有用である一方、現代社会の問題の「本質」に迫るためには、陰謀論、排外主義、不安といったテーマごとに、より踏み込んだ個別の検討が必要なのではないか、という印象を持った。
  • 2026年1月1日
    物語化批判の哲学 〈わたしの人生〉を遊びなおすために
    本書はまず世界を席巻している、人生や人格を「物語化」することの危険性について説いている。「物語化」することで、必ずこぼれ落ちるものが出てくるからだ。 そして、「物語化すること」の代わりになるものとして、「ゲーム」、「パズル」、「ギャンブル」、「おもちゃ遊び」を挙げ、それぞれのメリット、デメリット、それぞれの関係性を挙げる。世界をどのように見るか。物語的にみるか、ゲーム的に見るか、パズル的に見るか。もしくはギャンブル的、おもちゃ遊び的に世界のあり方を壊すか。 確か、村上春樹と河合隼雄の対談で「人間は物事を物語を通してしか見ることができない」と言っていたことを思い出した。だが、この文言は本書と矛盾しないと思っている。村上春樹と河合隼雄は”物語”というものを広義の意味で使用しているのに対し、本書では”物語”を狭義の意味で使っていると思う。村上春樹たちが使っていた”物語”を細分化すると、”物語”、”ゲーム”、”パズル”、”ギャンブル”、”おもちゃ遊び”になるのではないだろうか。 日々、漠然と考えていたことを言語化してくれたような読書体験だった。
  • 2025年12月29日
    スラムに水は流れない
    スラムに水は流れない
    本作は、第1回「10代が選ぶ海外文学大賞」第一次投票のノミネート作品であり、中学生の夏休み読書感想文の課題図書にもなっているらしい。 中学生向けの小説ということもあり、スラムでの生活描写は過度に生々しいものではなく、物語は最終的に大団円で終わる。そこについてはあえて口を出すべきところではないだろう。 だが、気になった点が二つある。 一つ目は、主人公の父が持つ信条についてだ。父は「悪いものは見ない、悪いことは聞かない、言わないのが良い」という後ろ向きな考えを信じており、それを破ると災いを招くと本気で思っている。実際、主人公の兄はこの信条を破ったことでトラブルに巻き込まれ、一家は大きな危機に陥る。こうした展開を読むと、読者は「やはり余計なことには首を突っ込まない方がいいのだ」という印象を抱かざるを得ないだろう。物語の終盤でもこの信条は再び言及されるが、それを明確に打ち破るような出来事は描かれない。もし私が作者だったら、主人公か兄がもう一度あえて「悪いこと」に関わり、その行動によって事態が好転するエピソードを入れたと思う。 二つ目に気になったのは、父親がまったく家事をしない点と、それに対する問題提起が一切ないことだ。さまざまなトラブルの結果、主人公は勉強を続けながら働きに出ることになるが、水汲みという重要で重労働な家事まで、なぜか主人公一人が担うことになる。そこに父の姿はない。もともと母親が担っていた家事だからという理由で、娘である主人公が当然のように引き継ぐのだが、この家父長制を強く感じさせる場面に対して、批判的な描写や言葉が全くない。家事労働に関して、小説内では父親はまるで透明人間のように扱われている。 もっとも、こうした点を含めて批判的に読むことができる作品であるという意味では、読書感想文の題材としては適しているのかもしれない。
  • 2025年12月29日
    名著でひらく男性学 <男>のこれからを考える
    名著でひらく男性学 <男>のこれからを考える
    「男性学」と聞くと、どこかインセル的な響きを感じてしまうのですが(ボクだけ?)、実際には、社会構造や歴史の捉え方など、多くの点でフェミニズムと重なり合う領域だと思います。 本書では、おすすめ書籍の紹介や対話を通じて、男性や男性性が抱える問題や課題が丁寧に掘り下げられています。 例えば、男性の身体や人格が軽視されがちな問題、「男性」と一括りにしてしまうことでマジョリティ性の交差性が見えにくくなる問題、ジェンダー平等を掲げながらも結果的に既存の差別構造を温存してしまう「リベラル・エリート男性」の問題など、フェミニズムだけでは十分に届かなかった論点が数多く提示されています。
  • 2025年12月23日
    憲法学のフロンティア
    これも『集団的自衛権はなぜ違憲なのか』でオススメされていた本。「市民の武器は、強制力ではなく教養である」という推薦文に惹かれた。
  • 2025年12月23日
    リヴァイアサン: 近代国家の思想と歴史
    『集団的自衛権はなぜ違憲なのか』でオススメされていた本。私は現在シンガポールに住んでいるということもあり、「国家とは何か」について、とても興味がある。なぜ「国」が違うだけでこんなにも理不尽な扱いを受ける人が生まれてしまうのか。「国家」って本当に必要なのか。根本から自分を問い直してみたい。
  • 2025年12月22日
    集団的自衛権はなぜ違憲なのか
    当時、「限定された」集団的自衛権であると繰り返し言われていた真意が、この本を通じてやっとわかった。安保法制は曖昧な条項が多く、恣意的な運用がされそうな懸念があるものの、集団的自衛権が行使できるようにした違憲なものではなく、個別的自衛権としても認められるような事態の場合には、個別的自衛権、集団的自衛権のどちらを選択してもいいですよということらしい。 問題なのは、安倍さんや高市さんが、閣議や法律で制定した事項の解釈を(おそらく意図的に)歪め、存立危機事態の拡大、集団的自衛権の行使が行えるようにしようとしているところだ。たとえ台湾有事が起こっても、日本が攻撃されていない以上、軍事行為をすることは違憲であるし、現在の安保法制の規定をも破るものであるということだ。
  • 2025年12月21日
    精神看護 2025年 11月号
    支援者は、「服薬」をすることで患者を「無害化」「従順」な存在にすることの目的にしてしていないか、薬が支援につながる唯一の「パスポート」になっていないか、現状を改善する方法が「服薬」しかなかったのか。
  • 2025年12月19日
    刑事司法とジェンダー増補
    2024年12月、滋賀医科大生による集団の性暴力事件について、高裁で逆転無罪判決が出た。この判決に疑問を持った人たちから抗議の声が上がったのだが、一部の弁護士やインフルエンサーが「判決文も読まずに抗議をするな」などと冷笑し、声をあげた人たちを黙らせようとした。無罪判決を出した高裁と冷笑しぐさの人たちに強い違和感を抱いた私は、刑事事件には構造的に重大な欠陥があるのではないかーー、そう感じるとともに、冷笑しぐさの人たちと距離を置くためにも、本書を手に取った。 本書は、前半と後半で分かれている。前半では、実際に起きた性暴力事件について、取り調べの段階から判決に至るまでが詳細に追っている。ここで私が強く感じたことは、取り調べから判決まで、性犯罪の扱い方には「型」があるということだ。(もちろん性犯罪だけでなく、全ての犯罪には「型」があるのだろう。)その「型」に、本来多様であるはずの事件を押し込めようとすると、重要な部分がこぼれ落ちてしまう。結果、「あの事件はなぜ起こったのか」という大事な問いに対する応答は闇に葬られる。さらに深刻なのは、警察や検察、司法が用いる「型」には強烈な偏見が内包されている点だ。捜査から判決に至るまでの過程で、その偏見・スティグマが再生産されていってしまう。 後半では、加害者の語りと、著者と加害者のやりとりが描かれる。取り調べでは「型」に押し込められ、極端に単純化されていた加害者像とは異なり、ここでは一人の固有の人間としての加害者が立ち上がってくる。それは、取り調べや判決で押し込まれた「型」には収まらない、加害者が自由に証言した歪んだ認知からくる生の語りだ。この強烈に歪んだ認知は、読んでいるだけでも非常に苦しかった。 もちろん刑事司法システムで問題になっているのは、スティグマの再生産だけではない。警察による防犯活動から司法の判決に至るまで、被害者の落ち度を責め、性犯罪を被害者の責任にしようとする動きはいたるところにある。だからこそ、「それはおかしい」という、冷笑にかき消されない世論形成を築くことから始めないといけないのであろう。
  • 2025年12月15日
    なぜ難民を受け入れるのか
  • 2025年12月10日
    半分姉弟 (1) (トーチコミックス)
    第5話が特にグッときた。私自身、シンガポールに来て、言葉が通じなくてかなり危ないところにまで行ったから。
  • 2025年12月9日
    集団的自衛権はなぜ違憲なのか
    立憲民主党が集団的自衛権を「明らかに違憲状態だったと言えることはない」として、党の方針を変えるらしいので、俄然この本が読みたくなった。 私は法学部出身ということもあり、集団的自衛権が違憲であることは自明だと考えているため、この本は読まなくていいかなと思っていたが、野党まで「集団的自衛権には違憲ではない部分もある」と考えだすと、ー集団的自衛権が違憲であることに変わりはないけれどー空気が変わってくる可能性がある。少しずつ戦争が近くなっている。抗いたい。
  • 2025年12月5日
    隙間 4
    隙間 4
    ド直球の政治漫画でありながら、主人公の成長漫画でもある。自分に刺さりすぎて少しずつしか読めなかったけど、少しずつ読んだからか、主人公と一緒に成長できたような気がする。 台湾と沖縄を中心に世界を見ることができる漫画。恥ずかしながら、私は台湾と沖縄を繋げて考えたことがなかったことを、この漫画を通じて痛感させられた。
  • 2025年11月28日
    やっと言えた (シリーズ ケアをひらく)
    カウンセリングの中で起こる心の変化を描いた作品。前作よりも作者自身と文章との距離が近いと感じた。 ここまで徹底して言語化するには、冷静な分析力が不可欠だろうし、それと同時に相当な痛みを伴ったのではないかと想像する。作者の誠実さが見える。 ただ、「生きるためには、ここまで恐ろしい作業をしなければならないのか」と、正直なところ、少し(いや、かなり)怖くなった。 どうして怖くなったのか、その怖さがどこから来ているのか、自分自身と向き合ってみたいと思う。こうした読後感を与えてくれることも、読書の魅力のひとつだ。
  • 2025年11月18日
    発達障害なわたしたち(2)
    つい最近、財布をなくし、心療内科医から「診断はしてないけど、あなたはASD/ADHDの特性があると思うよ」と言われ、やっとはっきりと自覚するようになった。 うすうす「そうなんじゃないかな」と思っていたけど、やはりという感じ。 なので、この漫画にはとても共感する。
  • 2025年11月18日
    部落フェミニズム
    部落フェミニズム
    “女性”や“フェミニズム”が一枚岩ではないことが、とてもよくわかる。マジョリティ女性がいかにマイノリティ女性を無視してきたか。 フェミニズムは「社会的不平等や差別をなくし、あらゆる人が自由に生きられる社会を目指す思想」だと思っているが、本当に誰も取りこぼされないようにすることはいかに難しいかがわかる。 マジョリティ性とは特権を有していることだと思っているけど、その特権性ゆえに自分では自覚できない。いかに自己の特権を自覚するか。
  • 2025年11月7日
    虚弱に生きる (扶桑社BOOKS)
    虚弱に生きる (扶桑社BOOKS)
    「その水になじめない魚だけがその水について考え続ける」という頭木弘樹さんの言葉を思い出した。 ボクも基本的に元気じゃないので、この著者にとても共感する。
  • 2025年11月1日
    虚弱に生きる (扶桑社BOOKS)
    虚弱に生きる (扶桑社BOOKS)
    ボクは基本的に元気じゃないので、元気じゃない人の話が聞きたくなる。
  • 2025年11月1日
    やっと言えた (シリーズ ケアをひらく)
    『庭に埋めたものは掘り起こさなければならない』がとても面白かったので、この本も楽しみ。 『庭に〜』は、あそこまで言語化するのは冷静な分析が必要だろうし、それとともにかなりの痛みを伴うものだっただろうと想像できる。作者の誠実な人柄が見える。
読み込み中...