定本 日本近代文学の起源
13件の記録
Ryu@dododokado2026年3月10日かつて読んだまた読んでる「結核という服装を通して主張されたのは、ソンタグのいうように「自我に対する新しい態度」だといってよい。「第三の新人」にいたるまでの近代文学には、結核と文学の恥ずかしいほどの結合がある。むろん恥ずかしいのは、結核という事実ではなく、結核という意味なのだ。そして、それは『不如帰』にはじまっている。そして、ここにはロマン主義がその一部にすぎないような西洋的な「転倒」が凝縮されている。」148-9 「日本で国家的な医療制度が実質的に確立したのは、あらゆる法制度と同様に、明治二十年代である。しかも、それは西欧において病原体理論が支配しはじめた時期にあたっている。医学史という文脈でみるとき、病原あるいは病気という「想像的な主体」(マルクス)が制度的に支配しはじめたことは明白である。しかし、文学史においても同じことがおこったことは忘れられている。実際、明治二十年代の「国文学」は、国学、漢文学を制度的に排除し中心化することによって確立されたのである。が、もっと忘れられているのは、国家に対して自立するような「内面」「主体」が、国家的な制度によってこそ成立しえたということである。この社会は病んでおり、根本的に治療せねばならぬという「政治」思想もまた、そこからおこっている。「政治と文学」は、古来から対立する普遍的な問題であるどころか、互いに連関しあう“医学的”思想なのである。 明治二十年代から三十年代にかけてロマン派的だった文学者がやがて自然主義に移行していったのは、べつに偶然ではない。自然主義はもともと医学的な理論なのだ。文学史的な名称は、そこにある関係性をおおいかくしてしまう。それらを「事実」として切りはなしてしまうことが、問題をみえなくさせるのである。」162-3










