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カオル
@kaoru951
  • 2026年6月20日
    文体練習
    文体練習
    短い日記のような内容が99の文体で書き連ねられている 本書の原文はフランス語だが、フランス語ならではの表現手法(ラテン語訛りやフランス語による同音異義語等)が、確かに日本語に落とし込まれている様は、翻訳家の卓越性を感じさせる 99の文体はそれぞれ異なる印象を与えてくれる オーストラリア先住民族が扱うグーグ・イミディル語には「右」「左」等の主観的な位置を示す語彙がなく、客観的な位置概念「東西南北」のみをが用いられる。彼らは優れた方向感覚を持ち、常に正確な方角を知っているという 言語が身体感覚を規定するほどの影響を発揮する事例だが、単一言語話者の我々が、この意味での言語感覚を実感することは少ない 本書は、単一言語で多種の文体を示すことで、擬似的な多言語体験を作り出し、言語感覚を相対化する あと装丁が良い ひとつの事柄を伝える際の選択肢は常に計り知れず、それらが全て異なる意味を持つことは留意しておきたい
  • 2026年6月20日
    他者といる技法 ――コミュニケーションの社会学 (ちくま学芸文庫)
    我々が無意識的に扱う“他者への操作的な眼差し”が明け透けにされ、ほんのりと後ろめたい 本当はもっと倫理的に、完全な善性を纏うようなやり方で他者と向き合いたかったのに “自己への操作的な眼差し”にも触れられるが、そこへの忌避感が無かったことから、関係とは刃であり、それを両刃にするか片刃にするかの選択しかできないのだろうという認識が窺える
  • 2026年2月19日
    ケガレの民俗誌
    ハレ、ケ、ケガレ、中世日本人の位置はこの3種に整理される 異なるものへ忌避が生じることは止められないが、それを放置すると差別的眼差しに変異する 肝要なのは忌避を循環させる構造であり、中世日本にはそれが多く見られた
  • 2026年2月15日
    目の見えない人は世界をどう見ているのか
    生まれつき目が見えない人は“視点”を用いずに空間を作る 我々が空間を想像する時、見える人はある一点から見ている視覚イメージを作り上げるが、先天盲の人は死角のない空間を構築できる 見える人がどれほど視覚由来の認知バイアスを持っているのかが浮き彫りになっていく様が痛快だった
  • 2026年2月15日
    ヒトはなぜ絵を描くのか
    一本の線を何かに見たてることができる その想像力は、人に言語を与え、情報伝達を可能にし、モノ作りの高度な素養をもたらした 本書は、人とチンパンジーの比較により「人だけが描ける絵とは何か」を明らかにしていく。そして、そのプロセスは結果として、ホモサピエンスの認知の根本に肉薄する事になる 少ないページ数に濃密な情報が詰まった一冊
  • 2026年2月14日
    グロテスク
    グロテスク
    映画『ヴェニスに死す』では、美が必ず悪を孕むことが描かれていた。 本来、美的感覚は可変なはずだが、本作では有無を言わさぬ“正解”らしきものがいる。 魅入られる側の「魅入られたい」という欲求、美に耽溺する体験への希求。美やら真理やら善やら愛やら、絶対的な基準を欲してしまうことによって生まれる地獄はとても身近だね。
  • 2026年2月14日
    ウエハースの椅子
    一見頑強に見える、例えば制度的なものも、所詮は人という動物が生んだ獣道
  • 2026年2月14日
    思いわずらうことなく愉しく生きよ
    タイトルの言葉に対して、主人公の三姉妹が三様の答えを示している。この言葉は作中では家訓として置かれているが、言うまでもなく姉妹の誰一人達成できない 命令形としてわざわざ強いることの意味がそこにあるように思う 例えばカントの善悪の定義に照らせば、善なる人間はいなくなる。だからと言って実現可能なレベルまでハードルを下げても意味は無いらしいが。 本作の三姉妹のように、あるいはカントのように、誰もが達成できないような指針を置くことがどのような意味を持つのかについて、まだ暫く考えたい
  • 2026年2月14日
    悪について
    悪について
    自らの擬似倫理性をこれほどまでに問い直されたことはない 『虎に翼』の穂高先生が、自己欺瞞的な人物像として描かれたように、どうやら知識人には葛藤がある ある理念を守ることが、また別の理念への裏切りであることを高度に知覚してしまう故の葛藤である。知覚しながらも行為を止められない自己欺瞞への葛藤である。 それへの慟哭や失望が窺える筆致が美しかった 内容は、カント倫理学の厳格な立場から悪を示す 根本悪の概念を用いて人類皆が悪となる中で、「その中で善を求めなければならない」、「達成不可能だからと言って理想を堕としてはならない」とする
  • 2026年2月14日
    考察する若者たち
    『スキップとローファー』の名前は昨今の世代論でよく見る 作中で言う“最適解”や正解を求めてしまうインサイトを、三宅は“報い”と言った 報いを求めることが果たして世代特有なのかどうかは検討の余地が残る
  • 2026年2月14日
    物語化批判の哲学 〈わたしの人生〉を遊びなおすために
    ここで提示される物語のオルタナティブは、例えばインザメガチャーチでは概ね物語と呼ばれるものの一種にも見える あの作品においては、マーケターがパズル的に生きているように見えるが、通時的な自己一貫性の魔力に抗った結果の有り様として描かれていた 本著の整理は見事だが、一般に物語/非物語の対立軸を取り扱う時、どのオルタナティブがどこに位置するかは一考の余地がある
  • 2026年2月13日
    イン・ザ・メガチャーチ
    物語か否かの世界観提起なので救いがないな 視野を狭めて幸福を味わい破滅するか、視野を広げて幸福になれずに全うするかの世界なんだ 物語のオルタナティブを探っていきたくなる話だった
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