

みすてぃ
@misty882311
- 2026年4月4日
江古田文学119号江古田文学会読み終わった江古田文学賞の佳作(本賞は「該当作なし」)となった緒方水花里氏の「キリストおじさんと僕」という感動的な小説を読むために購入。奇を衒わないシンプルな「感動系」で、しかもその感動は決して誇張されたものではなく自ずと読者の心に滲み出てくるものなので、野暮ったさがない。強迫症の描写がとにかくすごい。(“出来事“前)→(出来事の最中)→(出来事後)という非常に感銘な構造がかえって清い。 この方は普段(?)は現代詩を書かれているのだが、「キリストおじさんと僕」ではそれが小説(散文)であることの必然性をしっかり獲得している。「感動」的な物語は読者の心に宿り続ける、読者の心に遺るからこそ文学は死なないのである。 - 2026年4月4日
- 2026年4月4日
旋律になる前 の紫衣読み終わったかなりハイレベルな詩(集)だと思う。現代詩を読み慣れていないと面食らうかもしれない。現代詩過激親和派なので、個人的にこの高邁な構成や言葉遣いのセンス・美学に敬意を評したい。 散文と行分けの混在。漢字とひらがなの使い分け。めちゃくちゃ難しい単語が使われているわけでもないから、注意深く読めば、単一の詩集として放たれる茫洋とした世界観が受け取り側が認識できるイメージとして浮かび上がってくる。しかしそれはやはり「茫洋」としたままであり、明示するのは難しい。朝吹亮二氏が指摘するように書き手の紫衣氏は「旋律になる前の」言葉の、発話の、人間という存在のoriginを探し求めているのだから。 - 2026年3月27日
それから夏目漱石読み終わっためちゃくちゃ面白いかと言われたら否かもしれないが、非常にinterestingな内容である。代助が頭が良い(それだけに抽象的な思考でこの世をちゃんと生きていない)からかもしれない。そんな代助が地に足をつける手段がこれしかなかった、という話か。 - 2026年3月22日
- 2026年3月16日
恋する虜ジャン・ジュネ,鵜飼哲読み終わったフランス文学書影も素敵なので絶対アップデートしてください。 ジュネの集大成。まだ自分には早い気もした。彼の数奇で色んな著作を味わってから…なぜジュネの作品は異彩を放ちそのほとんどが難解なのか。彼の目も眩むようなレトリックにばかり理由を求めていたが、ジュネの世界を見つめる眼差し、ジュネと世界-イマージュとの孤立的な関係が、そのまま複雑な世界だからだ。彼は自身が作り上げた堅牢で絢爛な建築物のようなイマージュと対峙する。しかし、当のイマージュ自身は「世界」の真実の姿をつねにすでに過ぎ去っていることを彼は誰よりも自覚している。 結局、書き続けることを運命づけられていたのだろう。犯罪者ジュネでもない、同性愛者ジュネでもない、エクリチュールの人・ジュネだったのだ。 - 2026年3月1日
- 2026年2月28日
失われた時を求めて 1 第一篇 スワン家の方へ 1 (集英社文庫)マルセル・プルースト読み終わった鈴木道彦訳での再出発である。『失われた時を求めて』は2回目以降に(も)魅力を発揮することがよく分かった。『見出された時』を経て『スワン家の方へ』に戻ってくると、これってあのエピソードへの仄めかしじゃんとか、この人物…!というのがちょくちょくあった。そして鈴木道彦訳は間違いなく名訳。読みやすい。プルーストの饒舌な文体をいい感じに「、」で区切って比較的分かりやすい・こなれた日本語に変換してくれている。素晴らしい。僕はこう言いたい、『失われた時を求めては人生だ』、と。 - 2026年2月20日
半宙体(詩集)柿沼オヘロ読み終わった - 2026年2月20日
cygnifiantarchacopteryx読み終わった - 2026年2月20日
文學界 2026年1月号文學界編集部読み終わった - 2026年2月20日
文學界 2026年1月号文學界編集部読み終わった - 2026年2月20日
- 2026年2月20日
- 2026年2月17日
文學界 2026年1月号文學界編集部現代詩の特集。現代詩、というか詩が敬遠されているなあという印象をバチバチに受けた… 読書人の人々は物語(レシ)を求めるもの。僕もそう。でも、レシを追うことに飽きたら、無意味と戯れ格闘する現代詩の世界も知ってほしい。そしてまた小説に戻ってほしい。小説か詩か(詩人はよくその二項対立の問いに拘る)ではなく、補完し合えるものだと思う。 大江健三郎や、リョサやマルケスといったマジックリアリズムのタフな文学作品が好きな方には、ぜひ現代詩の世界も知ってもらいたい。面白い人には面白いのだ。 そんなことを思った。 - 2026年2月15日
cygnifiantarchacopteryx榎本櫻湖さんという存在(野村喜和夫はドゥルーズ=ガタリの哲学から由来させて“櫻湖機械“と書いていた、詩を生産する機械身体としての榎本さん)が、嵐なんだと思った。僕はほとんど彼女の死後に詩を書くようになったが、榎本さんのいた現代詩界隈というのはまだまだ活力があったのかもしれない。 このようた人がいたことにずっと想いを馳せていたい。 - 2026年2月15日
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