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Yo
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@otsuki
  • 2026年8月16日
    そらいろの空
    そらいろの空
    みどり全開まだ抽象になりきれず いちにちがそよぐレモンのような午後 リアス式海岸線に絡まれる 霧満ちて空欄という部屋の中 ヒヤシンス朝の窓辺の中立国 雨脚をつかめば握りかえす雨 ひまわりの事情聴取が続いている 発端が絡み合ってる時計台 アネモネはあねもねいろに溺れてる つま先で明日の水辺を引き寄せる 野ぶどうは遠い親戚だと思う 待ち針で留めておくそらいろの空
  • 2026年8月16日
    広瀬ちえみ集 (セレクション柳人 14)
    焼いてしまえば軽くなるのに持ち歩く 何をするにも短い紐だけが残る うららうらら逃れられないうららうらら 一本のからだを立て掛ける隙間 一家して片付けにゆく墜落機 ニワトリの声で電話に出てしまう 想像のテーブルに並べる果実 みんな見ている私の着地 分解掃除犬語猫語をとりもどせ スイトピーな口調で道を教えられる わたしたちの洗って伏せる金魚鉢 晴れ晴れとアジの開きになっている
  • 2026年8月16日
    哥不
    哥不
  • 2026年8月15日
    banana flavored chewing gum
    だんだんと大きくなっていく服が春の祭りのようにはためく アメリカのワッペン 鳥の心臓は小さくて鳥によく似た形 閉店が決まってからのデパートに最後のお正月の大さわぎ 夕方になればまだ少し寒いことを口先と念頭に置きながら 星の色なんて考えたことないや 手 繋いだまま 泳ぐ 方法 アメリカの南のほうに伸びている途中で何回か夜になる 真似にしたい南の島のいいところ丸ごと知らないのに好きだから
  • 2026年8月11日
    奴草
    奴草
  • 2026年8月11日
    句集 水売 角川平成俳句叢書
    水売のようにそよいで花水木 ちぐりす・ゆーふらてす河あいすこーひー 町とおしとてもとおくてぶんまわし ぽーらんど三日四日五日である とうもろこしは十一本がにぎやか 木馬ゆく日本ひろすぎるのです 雨男です副詞たくさんつかいます 無印良品四月五月そして六月 さんくと・ぺてるぶるくしかし文語 島とても一つ二つそして一つ冬
  • 2026年8月7日
  • 2026年8月6日
    タラマイカ偽書残闕
    北部ギジンという地名も、タラマイカ族という民族も、私の調べた限りでは存在の痕跡がない。彼の言うところをずれば、タラマイカ語による原テキスト(但、日承による)から、スウェーデン語の第二のテキストがつくられ、さらにウルドゥ語の第三テキスト、英語の第四テキスト、そしてこの日本語による第五テキストにつづくのであるが、筆記や口承による伝達の間に、さらに他の言語が介在していないという保証はないばかりか、これがスウェーデン語、もしくはウルドゥ語、ないしは英語による完全な創作である可能性も等しく存在している。私が彼と呼ぶその男は、ふとしたきっかけで知りあった米国籍の男で、何をしている人間なのか全く見当がつかない。彼の言によれば、ウルドゥ語で記されたその巻紙状の断片を、米国西海岸の或る中都市の工事現場で拾ったということだ。新しい都市計画に従って取り壊し中の図書館の現場のブルドーザーのキャタビラの下にあったと彼は称しているが、その現物はと問うと、ヒッチハイク中に他の荷物と共に盗まれたと言うばかりで要領を得ない。だがいずれにせよ、これらの言葉は、その発生の時も所も人もつまびらかにせぬまま、とにかく人間の魂から発したものであることに違いはない。学界からの万一の誤解を未然に避けるべく、ひとまず係書としたが、それがこれらの言葉を否定するものではないのは、言うまでもなかろう。
  • 2026年8月6日
    うらぽて
    うらぽて
    ばあさんは菌糸の夢を見て育つ 使者として卑怯に生きよたんぽぽ組 じじばばの折り曲げやすき祭りかな 茗荷茗荷茗荷大葉ばばあ逝く 戦死者になれない僕は蝉だから キミガョと啼いて千年立ち眩む 次女百人乾く姉の歯痛かな 青年のまぶたに零は無にあらず
  • 2026年8月5日
    畑美樹集 セレクション柳人12
    体内の水を揺らさず立ちあがる なまたまご揺すって波の音立てる もっともっともっとだるまさん揺する トマト煮る匂いの中に立ちあがる ジャンプしてわずかに現実を揺らす 地球とか子宮とか足首に風 一本の水を買う正確な姿勢 食卓にBを並べて舐めている こめかめに向かって絞るマヨネーズ
  • 2026年8月3日
    ノート/夜、波のように
    百と白を読みちがえて、日のいちばんたかい時間の明るいめまいのなかに置かれる。すこしぼやけたられしいずれのなかに。けれど頭上の一点、見あげるいちばんたかいところは不動のまま。日はま白く百とおりにもずれ、この白さ。目の愉悦。 p14 あの橋のところ。そう、あの橋の真ん中の少し先のほう。渡りきってしまう手前。なにがあるというわけではないけれど、不思議と周囲の景色が変わる。というより、私の内部が。遠い昔とすぐ先の時間を束ねて風を切る私の身体が発光し、ひとりでにもうひとつの空間と共振しようとする。 p28 しろのふ、と書いて、シロノフという国を想い、雪の荒野に果てしなく続く線路と白樺の林を想像するが、シロノフは人の、男の人の名であるかもしれない。しろのふ、と書いて今、眠れないこの夜に 綴る白の譜を始めようとする。雪、紙、羽、花、集、息、石、骨。 それぞれの固さと柔らかさが、夜の意識のただなかを浮遊しながら落下し、それぞれの位置をきめようとすると、白と白の放つ強烈な光りに私の譜はばらばらにほどける。シロノフの雪原を白い息を吐いて行く人がいる。p43 眠れずにいることの苦しみ。苦しみと呼ぶには大げさで、大まかにもすぎる。身体をよじって、シーツをよじって、暗い夜の端をよじって、いまわずかに掴んだ眠りの恩寵の気配がほんの瞬間に逃れてしまうと、生まれかけたささやかな世界が音もなく崩れて。寝返りを打つと、触れたことのなかった時間の領分の意外な広さ。やがて訪れるかもしれないやわらかい着地までのあいだ。眠れずにいることの苦しみ。眠れずにいることのよろこび。p54
  • 2026年8月2日
    韻律考 (panta rhei 叢書 06)
    詩が韻文である以上、韻律は表現の質を決定する重要な要素となる。もはや既存の規範が表現と釣り合わなくなった時代にあって、韻律はただそれぞれの書き手のうちに息づく生あるものとして存在する。詩想と韻律とが等価に細い合わさった、きわやかな言語の器としての詩の姿はひとえに、他者へ呼びかけることでは得られない全的な個人の感覚と思考に懸かっている。韻律は感覚と思考の産物であり、感覚と思考そのものなのである。
  • 2026年8月2日
    凧 (panta rhei 叢書)
    「いかのぼり」と打ち出すことで凧を現前させることは、受け取る側の「暗黙の諒解事項」である前に、実作者の生理であろう。非在を取りのならば、上五はその語を置くにふさわしい場所ではない。批評が、作者の意図を超えたところで作品を思いがけない光の下に輝かすことは、あってしかるべき行為だが、それは作品を成立させている語の構成を無視して成り立つものではない。 蕪村は知られるように、郷愁の人であり、時間に対する感覚を作品化しえた数少ない俳人である。しかし、「きのふ」は昨日でよいではないか。「きのふ」を「少年の日」や「遠い過去」といった個人的かつ通念的な感傷から切り離すことで、一句は普遍の時間論をふくむものとなる。作者の思いを代弁するかの記述で作品を解き明かすことが解釈者の任務とされてきたのだろうが、腑に落ちるかたちにまとめられた作品は、いともたやすく鑑賞の中で費されていくだろう。 この容易に理解をゆるさない、超逆的な詩語が現れるのは、およそ曖味さの対極においてである。実作者の側から言えば、しばしば自分を超えて天啓のように到来するが、それはいわゆる霊感などとはまったく異なる。作品展開上の論理に沿って、語意と韻律とを量的にあわせもつ物質としての、ありうべき性一の言葉を考えつめていくうちに、不意に、なにか自分を超えた瞬間の衝撃として獲得されるのである。そのような熟考の結果した言葉を安易な理解の文脈に絡め取ろうとする行為は、おのずと作品から逸れて、評者の感受性の限界を露わにするだろう。
  • 2026年7月31日
    心臓の風化
    心臓の風化
    詩は花束ではなく舌禍、夕に生る腐つた柿のうつくしい蔕 ごめんねごめんね言葉は殺せないだからあなたを銀杏にすることはできない 空をゆく鳥、雪がふり傘をさくあなた 心臓は風化しない ひとづたひ輪郭のみに語られる死を(つまり詩を)聴いて芍薬 鞦韆はたれも乗らずに揺れてゐず風もふかずにこの世もあらず コンビニの袋の耳を傘にかけ静かな雪の街を歩いた 顔の油に絡まつて死ぬ羽虫にも(突撃ーッ)といふ(突撃ーッ)がある iPhoneを落として映る壁紙が床に真冬の海をひらいた 酔ふときは指の尖から痺れきて冷やしても冷やしてもぬるいストロング・ゼロ 最初からこの世は地獄 あきらめよ びたびたと魚のやうに降る雨 雨(ガンギマリ) 飛白(かすれ)つつふるあなたらを桜のやうだと思ふが言へず コンドームさんと呼んだら怒られて0.01ミリの春の陽のなか お茶の中うすく脂が浮いてゐて視界のぎりぎりに菊がある 原稿(ちんちん)を書いても書いても花になることにこんなに支へられるなんて 殺しますよと冗談をいふ時にくる夕暮れは雲、萼、火(ほむら)掠めて
  • 2026年7月26日
    短歌 2026年8月号 [雑誌] 雑誌『短歌』
    巻頭28首の渡辺松男とU-25短歌選手権 生くること手放さぬやうねつとりと時間がありぬ大かたつむり あさがほのひらくときゑむ感のありひとのをらざるなかにひとゐる なめくぢのすろりすろりと這ふすがた地を這うものに地の面は山 /渡辺松男 紫の雪降り積もる記憶には見下ろしていた窓台がある 4のサイン会に一人で訪れて青松輝と会話した母 /石旅公二
  • 2026年7月25日
    ノート/夜、波のように
  • 2026年7月25日
    誕生祭
    誕生祭
    「光る手」すごい。 誰のものであれ特定の、個人の 写真を焼き、乱雑に踏みつける行為は なされるべきではないと、非難すべき事柄を 一つ一つ取り除いていって、何が本当の問題なのかを 言い当てるように、あなたの母と父に隠れて この家が居心地の悪いものになるように あなた自身が火種となり、傍らに長い間立ち止まる そしてあなたは少女像を燃やす /「少女像を燃やす」
  • 2026年7月24日
    たかくおよぐや
  • 2026年7月23日
    呼びにゆく 佐藤みさ子句集
    首を銜えられてどこまで行くのだろう 想像の家の数多の同居人 ピアノ聞いて帰るピアノの鳴る身体 私の部屋にあふれる通行人 洋服を脱ぐとからだが大きくなる カサコソと言うなまっすぐ夜になれ 顔を近づけ過ぎてだれだかわからない たすけてくださいと自分を呼びにゆく あおむけになるとみんながのぞきこむ 誰に会ったか誰を食べたか言いなさい 「いないいないばあ」をしていて怖くなる イメージトレーニングこれから親を生む さびしくはないか味方に囲まれて 正確に立つと私は曲がっている まだ来ない痛みを待っているような
  • 2026年7月22日
    ブリキの夜汽車 佐藤幸子句集
    山が少し動いた英字ビスケット 母に会いたくて乗るブリキの夜汽車 片足で突っ立っている冷奴 薄氷を踏む方言のど真ん中 過去みんなうしろ手にして蜆汁 我慢などしていない昭和てんぷら粉 ことばにはならないものが茹で上がる コンビニのおでんわたしの守備範囲 うっすらと糸が垂れてる非常口
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