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@patriot_9
  • 2026年2月7日
    仕事と人生を変える 勝間家電
    勝間和代によるQOL向上のための効率化のすすめ。読みやすい。 レーシックの紹介のくだりで「どんなテクノロジーを取り入れるかの選択は、常に「リスクとリターン」の見極めの連続です」と述べていて、その考えにはとても納得した。受け入れるべきリスクやコストと得られるリターンをきちんと精査・評価して生活向上を目指す。 家電の文脈では、スマートウォッチ、食洗機、ドラム式洗濯機、調理家電など色々薦められてるけど、機種は違えど自分はほぼすべて所有・活用してたので目新しさはなかった。具体の機種を挙げてくれてるから参考にしやすいけど、各々の生活スタイルによってフィットするか否かは一考の余地あり。 衣服系はNot for meだった。
  • 2026年2月5日
    大英自然史博物館 珍鳥標本盗難事件
    大英自然史博物館 珍鳥標本盗難事件
  • 2026年2月5日
    子どもとの関係が変わる 自分の親に読んでほしかった本
  • 2026年2月5日
  • 2026年2月5日
    河岸忘日抄
    河岸忘日抄
  • 2026年2月5日
    きみは赤ちゃん (文春文庫)
  • 2026年1月31日
    子どもへのまなざし
    子どもへのまなざし
    題名の通り、著者のあたたかなまなざしが感じられる。1990年代後半の講演をまとめた本だけど、今読んでもまったく色褪せず、著者の危惧したことはどんどん悪化していっているように思う。 子供の要求に可能な限り応える、わがままだとしても叱らない、過保護になりすぎることはない、そういう欲求を乳幼児期に満たされた子のほうが後々我慢強く癇癪のない子になる。しつけをするときにはプライドを損なわないようにするべき、など育児の心得っぽいことが語られていて、読みながら深呼吸しているような一冊だった。
  • 2026年1月26日
    サイボーグになる
    サイボーグになる
    SF作家のキム・チョヨプと弁護士のキム・ウォニョンによる共著。キム・チョヨプさんが聴覚障害者だと初めて知った。少し配慮したり方法を変えるだけでも障害を軽減することができるのに、非障害者は障害を「治す」ことに重きを置きがちであり、障害者が置いてけぼりにされることがあるというのが実感を持って伝わってきた。 以下、それぞれの筆者の言葉で心に残った箇所のメモ ●キム・チョヨプ <文字通訳サービスや音声字幕変換アプリを利用している経験を経て> (前略)そういう経験を通して、はっきりとわかったことがある。自分に今必要なのはもっとよく聞こえるようになることではない、ということだ。いつの日にか、未来には可能になるかもしれないけれど、現時点で補聴器や医療技術によってわたしが不自由なく聞こえるようになることは不可能だ。集中して耳を傾けてもよく聞こえないという状況は、どうしたって起こる。試験勉強のように、努力すればするだけ結果が出るというものではないのだ。わたしに必要なのは、人の声を自分に理解できる情報へと変換してくれるプロセスだった。わたしの生活を実際に改善したのは、遠い未来の完璧な補聴器や聴力回復に対する約束ではなく、新しい意思疎通の方法とそれを可能にするテクノロジーだ。 <目覚ましアラームを振動機能のある時計に変えた経験を経て> …(前略)でも未来ではなく今ここで、よりよく生きることはできないのだろうか?治療と回復しか道はないとされるなら、障害者のより良い生活はいつまで経っても未来に「お預け」のままだ。 <自分が聴いている音を他人に説明することができないということについて> わたしたちは、他人の生はそれぞれ固有なものであるという事実を、知っているのにすぐ忘れてしまう。主観的な世界とは、その世界を実際に経験しながら生きている当人でさえ完全には理解できないのだということを、受け入れることができない。人間の普遍の生についての解釈が世にあふれていても結局はみなそれぞれ固有の生の問題で悩むように、その普遍の世界すら共有できないものにとっては、自分の経験している世界を説明するのはなおのこと難しい。(中略)どのみち互いの生を想像することなんてできっこないなら、何をやっても無意味なのだろうか?わたしはその問いに答えることはできないけれど、それでも他人の生を想像しようと努力することは意味があると思う。 ●キム・ウォニョン <義肢などで「目立ちにくいデザイン」がポイントになることについて> 障害(disability)は、単に身体の特定の機能が欠如(dis-ability)した状態というより、「正常ではない身体」という社会的評価が下された一種の身分(地位)に近い。したがって、高度に発達したテクノロジーが機能の欠如を補っても、障害は依然として存在する。たとえば少し先の未来に、わたしがボストン・ダイナミクス社の登山用ウェアラブルロボットを身につけて北漢山の登場でinstagramに投稿したとしても、華々しいロボットスーツの下にゆがんでいて、左右非対称の身体があるなら、わたしは依然として障害者であると認識されるはずだ。
  • 2026年1月8日
    文庫 おめかしの引力
    第三者の視線による「おしゃれ」ではなく自分による(自分だけの)「おめかし」の話。著者が30代半ばの頃のエッセイなので、まさにミドサーのおめかしって感じで面白かった。/「これまでの、決して少額ではない投資というか浪費というかは理屈でいうとすべておめかしに置き換わってるはずなのに、どれもすべてが、鮮やかなまでに、死んでいる。そう、ものよるけど、服は死んでしまうのだ。(愛のリサイクル)」
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