デヴィッド・ボウイ 増補新版
18件の記録
- 吉田真哉@yancy_752026年2月15日読み終わったボウイの生い立ちから死去後の展開までのすべてをカバーしたヒストリー本。配信で作品を聴きつつ、楽しく読めました。かつては奇抜な見た目から食わず嫌いだったけど、今は自然に受け入れられるようになった。歳を取っていいこともあるなーとしみじみ。



120@1202026年2月8日読み終わった後年から後追いした身からすると、スタイルの変遷が分かりにくく感じていたボウイについて、その時々での背景が伝わってきて分かりやすい。 コンパクトで読みやすいが、しかし濃密な情報量。 アルバム単位で、時代を追って聞き返したくなった。 それにしても、大スターのイメージしかないボウイにも、なかなか花開かない下積み時代があったのか……と驚く。 94年に早くもインターネットの公式サイトを立ち上げ、98年にはプロバイダ事業(加入すると@davidbowie.comのメールアドレスが取得できる)まで行っていたというエピソードも面白い。
ジクロロ@jirowcrew2026年1月16日ちょっと開いたグラム・ロックは子どもだましにすぎないという批判を受けていたが、ここにはさまざまな装いの老若男女が集い、まるでスタイルの見本市のようだったと伝えられている。 …… デヴィッド・ボウイの音楽とヴィジュアルとふるまいは、おまえは何者なのかとひとりひとりに問いかけ、何が好きなのかどうしたいのかをそれぞれが自分で選べと背中を押したのだった。それは結局なにか大きなものに「選ばされている」のではないか、はたして自由意志というものは存在するのか、という疑念は決して消えずにそこにある。しかし、その緊張感を抱えたまま、彼はいまこの瞬間の生を祝福するひとときのエンタテインメントに人々を巻き込んでみせたのだった。 (p.100-101) 「ジギー・スターダスト」は ひとつの季節である。 しかし「グラム・ロック」は その季語にはなり得ない。 なぜなら「グラマラス」とは、 不感症に対する耐性のようなものだからだ。 「過ぎ去った事だ」、 ランボーが不感症を装いながら うそぶいて吐き捨てた、あの季節と同じ、 「ジギー・スターダスト」は 字余りの季節である。 そして、デヴィッドボウイもまた、 季節である。


阿部義彦@xtc1961ymo2026年1月11日読み終わった翻訳家でもあり、軽出版、Zineに付いても造詣の深い野中モモさんのデビッド・ボウイの評伝がボウイの死後10年目の1月10日(二日前は誕生日)に満を持して増補版としてちくま文庫に。ちくまファンの自分は親本の2017年1月10日発行のちくま新書も買って既に読んでましたが、ちくま愛そしてボウイに報いる為に再び購入し、新たな気持ちで読了。野中モモさんは文庫化にあたり新たに2万字を増補して、新たにその後の第8章を書き下ろしで加えました。流石に読み比べまではしてないですが、第5章の 少女漫画に与えたインスピレーションに関しては、大島弓子の「ピーター・ピンクコート」に関しては勿論ふれてますが、2016年にミュージックライフの編集部員だった東郷かおる子さんの喋ったインタビューを付け加えたり、「少女漫画におけるボウイ旋風」に先行する作品として水野英子「ファイヤー!」に関する記述が付け加えられてるのは、発見しました。現在50歳以上の方で、デビッド・ボウイの事を知らない人は先ず居ないのでは無いでしょうか。自分的に好きなのは「ステーショントゥーステーション」「ネクストデイ」そして何より遺作です。ありがとうボウイ!













