心的外傷と回復

18件の記録
くりこ@kurikomone2026年3月2日トラウマ関連の書籍を引き続き読んでいるのだけど、『心的外傷と回復』はその中でも圧巻の読み応え。 PTSDが、社会的に作られているものだとよく理解できる書籍。先日読み終わったポストコロニアリズムとも繋がる話だし、日本はPTSDについてほとんど理解がないからぜひ多くの人に読まれてほしい。 やっぱり精神医療で本当に必要なのは、薬じゃないと思う。人がトラウマを負うという事は、非人間化されるという事。彼ら彼女たちが繋がりを取り戻し再人間化されるということは傷がいえることと同義。 最後の章で、米軍にレイプされた被害者の「もしレイプ犯が金をごまかしていたり、薬物を使用していたら、もっと重い罪に問われたはずだ」という証言に衝撃を受けた。こうやって権力勾配の弱い方がいつも排除され被害はなかったことにされてしまう。権力側は不都合な真実を隠そうとして、あらゆる手を尽くして被害者を沈黙化させる。その力学に逆らい共に立つ姿勢が、他者の隣人になるということなのだろう




くりこ@kurikomone2026年1月14日まだ読んでるp.104 ベトナム戦争の反戦感情を封じ込めるため、兵士と市民、兵士同士の連帯を取らせない対策を取られたこと、更には帰還した兵士は敗戦に対する講習の批判と排斥に出会い、二度目の外傷を負ったことを読む。 トラウマを成仏させるためには、人と人との繋がり信頼感を再構築することが必須にも関わらず、「戦争」という罪をアメリカが封じ込もうとした結果兵士の心的外傷をより深くさせたことを見ると、やっぱり心的外傷は社会的に刻印されるものだと改めて思う。 日本でやっと最近「戦中トラウマ」という言葉が広まりつつありけど、ほとんど人が、戦後高度経済成長という”輝かしい”日本の裏でトラウマに苦しみつつ声を挙げられず亡くなった人がいることを知らないと思う。日本でも、ベトナム戦争と同じく、帰還兵が連帯することを阻止していたのではと疑問を感じた。戦中トラウマが可視化されてしまうと日本社会が戦時中の罪と向き合わないといけないから沈黙させられる社会を作っていたのだろう。 ーーー その社会にとって一番都合が悪いことは常に沈黙させられ、その経験がトラウマとなることを改めて感じる。なんらかの社会問題について提言する人はトラウマについて勉強してほしい。権力が一番隠したがっていることがそこにはある







くりこ@kurikomone2026年1月9日読み始めた分厚くてずっと後手後手にしてた本。読み始めてから早速トラウマ持ちの、私の症状とその背景について解説してあって、さすがジュディスハーマンやな、もっと早く読んでおけばよかった… 2ページ目にある、麻痺とトラウマの再体験が交替するの、身に覚えがありすぎる。 ーーー p.2 外傷をこうむった人の心理学的症状は、口に出せない秘密が存在することに注意を向けさせると同時に注意をそれから外らせるという二重の働きをする。このことは、外傷をこうむった人がマヒと事件の再体験との間を交替する形を見ればもっとも明らかである。






akamatie@matie2025年4月15日読み終わった読了後、実感が伴ってきたので改めて書き留め。 回復の土台にはまず安全が必要だということ。心と体が落ち着ける環境があってこそ、ようやく傷と向き合う準備が整うというのは、実感を伴って納得できる。 そして何よりも、孤独が人を深く傷つけるという指摘に強く共感した。誰ともつながっていないと感じることが、痛みを何倍にもしてしまう。一方で、誰かとつながれることが、少しずつでも回復への足がかりになる。 復讐や、加害者に罪を認めさせようとすることは、一見正しいように思えても、自分をもっと疲弊させてしまうこともある。だからこそ、自分の傷つきに気づいて受け止めることが、なにより大事な一歩になる。 そこから、自分の人生を少しずつ再構築していくことができるようになるし、もし加害者に責任を取らせることがあるとすれば、それは自分のためというより、これから同じような被害を減らすための行動として意味がある。 そして、人を助けることが、自分を助けることにもつながるというのもその通りだと思う。誰かの痛みに寄り添うことで、自分の痛みも少しだけ癒えることがある。 最後に、「メンタライゼーション」という考え方が紹介されていて、これは回復の仕上げのようなもの。自分の感情や感覚に丁寧に目を向けることで、他人との関係にも深みが生まれていく。共感だけじゃなくて、私はいまどう感じている?を問い直すことが、他者理解の道にもなるのだと感じた。

















