中国55の少数民族を訪ねて
4件の記録
ジクロロ@jirowcrew2026年2月25日読んでる外では、ギターを手にした若者が、別の楽しみに興じていた。人民解放軍での合宿生活で覚えたのだという。中国でも有名な谷村新司の「昴」や長渕剛の「乾杯」などの曲も知っていて、驚いた。兵役のために村を離れ、外の世界を知った若者が、故郷の村に帰って新しい文化をもたらすという中国農村部における文化変容のパターンの一端を見た思いがした。しかし、この民族の伝統が若い世代に確実に伝えられていくのかどうか。よそ者の私たちがどうこういう問題ではないかも知れないが、いささか不安にならざるを得ない。 (p.36) 外からやってくる真新しいものを拒むことはおろか、その新規性に虜になり、古い物は淘汰されてしまうこと。その理由が「便利だから」という理由がもっとも切なく感じる。それも我とて。人間の性。 その初端が「兵役」、というのもまた、いかにも典型的な、文化変容のプロセス。 『百年の孤独』(ガルシア=マルケス)、マコンダという街も同じような宿命を辿る。開拓者の情熱や思い入れは、同じ熱量として後世には伝わらないということ。 "しかし、彼は、世界を動き出させるために、神に一つ爪弾きをさせないわけにはいかなかった。それからさきは、もう神に用がないのだ。" (『パンセ』 パスカル 七七) 文化や街が崩壊していくというよりも、人間と世界が均質化していくということーーそれが「情報」というものの抗い難い力(拡散性)、エントロピー増大の法則であるということ。





