川のある街
51件の記録
おさかなぼーん@mahometto01252025年12月2日読み終わった穏やかで美しくどこか儚い 緩やかな展開で時間をかけてゆっくり読みたい作品 最後の話、病との付き合い方について考えるものがあった。病を患った当事者のどこか現実離れしたようなふわふわした感覚と心配する家族。それぞれの思いが丁寧に描かれているが物語はこれ、という結論は描かれずに締めくくられているのがよかった。 お話の登場人物はお話が終わった後も、今を生きているんだと感じた。
まめご@mmg_862025年11月29日読み終わった江國香織の小説を読むことは、私にとって一番楽しい読書だ。 新刊が出ると知り、なんとなく惜しくて読まずにとっておいたこの本を出してきた。 それぞれ異なる“川のある街”を舞台にした3つの物語。 どれも面白かったし印象的な場面や描写がいくつもあった。 例えば、8歳の女の子が川を眺めながら「川はつねにおなじ姿に見えるのに、いま見ている水とさっき見た水は違う水なのだ。」と考える場面。 これ方丈記だよね…と唸ったし、無常観をもつ女の子という存在がもう江國香織的だなと嬉しくなってしまう。 例えば、音楽の授業で「大勢で歌うとき、声は大きな一つのかたまりになり、一人一人のそれを聞き分けることはできないけれど、自分には自分の声がわかるし、時々、隣の人の声もわかる。」という描写。 斉唱する時の感覚なんて意識したこともなかったのに、この感じ知ってる!とこれまた嬉しくなる。 あるいは例えば、死にゆくカラスの描写。 そこには何のドラマも感傷もなく、生き物はみんなただ生きて死んでいくものだということを思い出させてくれる。 それは厳しさというより、いっそ安らかなことのように私には思える。 書き出せばきりがないけれど、読み終わった時の満ち足りた気持ちは他の作家では得られないものだ。 江國香織はかつて好きな作家について、同じ時代を生きて最新作を読めるのが嬉しいと書いていたように記憶している。 そして私にとっては、江國香織こそがそういう作家だと読むたびに確信する。 新刊、楽しみだな。







emu@emu___0h1s2025年11月20日読み終わった第3章が特に好きです。軽やかで寂しい、そして美しい人生讃歌。雨と川、異国の地、長い年月を経てもう思い出せない記憶の断片と、大切なあの人の面影。澪が憧れる芙美子伯母さんのような、私もそんな、軽やかで自分の信じる自分でいられるような人でありたい。




ブックねこ@book-neco272025年7月17日読み終わった借りてきた小説久しぶりの江國香織さんの本。 大人がいきいきとしているのが好き。 川の見えるところに住むのが夢だから、Iの望子の住むマンションいいなぁと思いながら読んでた。 人の名前がたくさん出てきて、さらに親類関係であることが多いので関係性を理解するのが追いつかないまま読み進める。そしてカラス。カラスを読み分けるのも難しかった。

nanako@Rosacanina2025年4月15日江國香織さん、「きらきらひかる」の頃によく読んだ。昨年?かな?、久々に読んだのが「シェニール織とか黄肉のメロンとか」…そして今回の「川のある街」。 3番目の芙美子さん、あ〜こういう感じなのかも…



ひいろ@hiirokioku2025年3月23日読んでる"そう言ったときには自分でも、この女性ーー姪だーーの訪問をもちろん自分は憶えていたし、心待ちにしていたーークッキーまで焼いたのだーー、という気になっていた。"


yuna-yuna@yunaminxxxtvxq2025年1月8日まだ読んでる2日の夜にインフルエンザ(きっと多分そう)で熱を出し寝込んでから、遠ざかっていた読書。まだ回復には時間がかかりそうだけど、やっと本を開いて読めるまでになってきた。よしよし


月日@tsu_ki_hi_2025年1月3日読んでる@ 自宅読書はすきなのに少し距離が離れると表紙を開くのにずいぶん気力が要って、だから電車の移動時間などは読書のスイッチが入りやすくて好いのだけど、家に引きこもっていると(元旦から熱が出て下がらない)むずかしい。1話目だけ読んでベッド脇にずっと置いたままだった江國さんを寝る前にもう一度最初から。眠くなったので続きは今度。読書はじめはやっぱり好きな作家さんの文章がいい。 “うひょー。ほとんど毎日来ているのに、来るたびに心のなかで歓声をあげずにはいられない”「川のある街」より







ひきた@hktrs2024年12月26日気になる『落下する夕方』が好きで、そういえば最近の江國さんはと調べたら自分が好きそうな書名のものが今年出ていて、内容紹介を読んだらやっぱりおもしろそうだったので買いたいメモ。



vega@vega_771900年1月1日本棚人は、子供から大人になる。大人は子供だった自分を知っている。街はどれだけ変わっても、川のあるところは変わらない。私は、子供の頃、祖父の自転車の後ろに乗って、川の見える道を走るのが好きだった。私の中の祖父は、脂肪のついたふくふくのお腹と、垂れるような笑みを見せて、ずっと今も私に笑いかけている。













































