観客という凄まじい怪物 スペイン・ハプスブルク時代の演劇世界
13件の記録
- Kiiimuuugeem@kiiimuuugeem2026年5月20日読み終わったp.242 聖職者が法外な盗賊に成り下がり罪を重ねるかと思えば、逆にどうしようもない悪人が懺悔し救われるという話題は、パーカーの言うとおりスペイン文学においてのみ見られる現象である。
ジクロロ@jirowcrew2026年4月26日読んでる人となるにあたって役割を選べるものなら、苦難悲哀を望んで演じる者は誰ひとりあるまい。生きているつもりがその実、このまたとなき舞台で芝居を演じているのだとは心得ず、支配し命令を下す役を欲しがるものである。(……) 貧者を演じる者でも誠心誠意、心を込めて見事に役を果たすならば国王に扮するものと同じ喜びがある。それに、役を終われば甲も乙もない。(……) 人間の生涯は芝居であるから、いかような役割であれ得るところはあるものだ。 (『世界大劇場』(カルデロン)より引用 p.269) 「誠心誠意、心を込めて見事に役を果たす」 シェイクスピア劇の主人公は皆、そのように生きている(演じている)なと思う。 舞台を演じることの心得を、舞台の上で舞台俳優に語らせるカルデロン。 このメタ感に頭がクラクラする。












