牧師、閉鎖病棟に入る。
19件の記録
いちのべ@ichinobe32026年5月24日読み終わった好奇心から手に取ったが、自分のその好奇心自体が、「『まとも』と『まともではない』とのあいだに線を引き差別している(p108)」ところに起因したものだったかもしれないな、と読み終えて思った。 > 被害者ポジションに居座るのでもなく、根性論でもなく、自己卑下でもない。これまでの「ありのまま」像とは違った在り方を探す。困難な道ではあったが、これまで自分では考えたこともない自己探求であった。(p123) > 使徒パウロには「とげ」、すなわちなにかの病気があった。彼も苦しみのなかで「なんでこんな苦しみがあるのか。神さまなぜですか」と嘆き、祈ったのだろう。だがそのうち、彼は悟ったのだ。誇るべきはおのれの強さではなくて弱さ。語るべきは自分の一貫性ではなく綻び。ほんとうの輝きは、弱いもののなかにこそあるのだと。(p205-206)
編集Lily@edition_lily2026年1月17日読み終わった私、「ありのままでいい」という言いぐさが昔から嫌いで、つまり私は自分の冷酷さを自覚しているからなんだろう。そんなことを思わされたのが、次のくだり。 〈だが「あなたはありのままでいい」ということは、あなたは今のままでいい、だからわたしはあなたになにもしないという、他者への無関心を糖で包んだ言葉に過ぎなかったのではないか。あるいは、わたしも今のままで行くから、あなたはわたしに余計な干渉は一切しないでくれという、自己と他者のあいだに壁をつくることだったのではないか。〉 そして終章にあった 〈イエスだって人々に尽くしたが、あんなに嫌われたではないか。〉 笑った。とてもいいフレーズ。
sazana@underthesea2025年7月8日読んでる私が障害者として扱われないという状況は、たまたま今の社会を生きる上で不都合の少ない状態であるからに過ぎないのではないかと思わされた 自分が何も変わらなくても、周囲が、社会が変われば誰だって障害者になるのかも























