未来をつくる言葉
56件の記録
chroju@chroju2026年2月7日ちょっと開いた『トピーカ・スクール』、『残像』と、言語やコミュニケーションに関する小説を続けて読んだので、こちらを読みたくなり再読。改めて読むと、それほどボリュームはないのに無数に様々なことへのヒントが鏤められている気がする。 "結局のところ、世界を「わかりあえるもの」と「わかりあえないもの」で分けようとするところに無理が生じるのだ。そもそも、コミュニケーションとは、わかりあうためのものではなく、わかりあえなさを互いに受け止め、それでもなお共に在ることを受け容れるための技法である。「完全な翻訳」などというものが不可能であるのと同じように、わたしたちは互いを完全にわかりあうことなどできない。それでも、わかりあえなさをつなぐことによって、その結び目から新たな意味と価値が湧き出てくる。” (Page 220)
ほやぼ@-oka192026年2月6日気になる読みたい好きなポッドキャストでドミニク・チェンさんゲスト回があり、メタファーとしての発酵について話していて、その時の表現や言葉の使い方がとても素敵だった。本屋で何度か気になって本でもあり、この著者だったのか!!と驚き。 次見つけたら買う。
- 糖@inwatermelon_2026年2月2日読み終わった以下は作者のプロフィール。 ドミニク・チェン Dominique Chen 1981年生まれ。フランス国籍、日仏英のトリリンガル。博士(学際情報学)。NTT InterCommunication Center [ICC] 研究員、株式会社ディヴィデュアル共同創業者を経て、現在は早稲田大学文化構想学部教授。人と微生物が会話できるぬか床発酵ロボット『Nukabot』の研究開発、不特定多数の遺言の執筆プロセスを集めたインスタレーション『Last Words / TypeTrace』の制作を行いながら、テクノロジーと人間、そして自然存在の関係性を研究している。 ぬか床発酵ロボット!?、と気になって手に取って読んだ本。 全9章が、文字通り世界を飛び移っていくように、ちがった景色を見せ、教養の深みへと誘ってくれる。 この本のジャンルはなんだろう? 底知れない知的探究心を持つ著者による、精神的な冒険譚であるとともに、リアル冒険譚というのがしっくり来る。 互いを完全にわかり合うことなどできない。だけれど、そのわかり合えなさの接点から意味や価値が生まれ、新たになにかが始まる。さらには、表現しきれなかったものやこぼれ落ちてしまったものからでさえ。 著者のようにたくさんの自然言語・人口言語を操る人には、世界がもっと複層的で多義的に見えているのだろうなと羨ましく思った。でも、標準的な日本語話者のわたしにとっても、わかり合えなさ・表現できなさを大事にすることで触れられるものはあるかもな。 図書館で借りたけれど、買って手元に置いておきたいと思った。


- 糖@inwatermelon_2026年1月27日読んでる吃音を「自分の意識だけではアクセスできない場所に連れて行ってもらえる」「共に生きる存在になっているようだ」と捉えるのが素敵だと思った。上から目線に聞こえたら申し訳なく不本意なのだけれど。多かれ少なかれ、誰にでもそういう腐れ縁のような存在があるのかも。捉え方次第で。


たま子@tama_co_co2026年1月18日読み終わった分かり合えなさを受け入れるためにコミュニケーションするのだという、この一見相反しているような原初のかなしみとあたたかさ。「分かり合えない」ということへの、もうとっくに分かってしまったのにいつまで経ってもあきらめられないこの、この、くやしさに慣れることはないのだろう。それでいいのかもしれない。ここ数年ずっと考えていること。とてもよい本だった。









たま子@tama_co_co2026年1月3日読んでるグレゴリー・ベイトソンの「メタローグ」という対話録の形式をとった文章を読んでみたい。深い関係を結ぶ相手の視点を自分のなかに住まわせて、そこから世界を見ようとする試み。 「ベイトソンが想像した架空の対話であり、実際に娘と話した現実の記録ではない。(…)グレゴリーは、自分の思索を進める上で、自問自答する代わりにメアリー・キャサリンを頻繁に登場させ、自らの意見に対して忌憚ない反論や指摘を語らせている。「パパ、なんでパパはそんなに自分のことについて語るの?」「パパはいつもおんなじ話を延々としている」「パパが語ろうとしていることを明確な言葉にしないのはなんでなの?」といった具合に。(…)娘との架空の問答を通して、一人ではたどり着けない思考の境地に達しようとした。同時に、親子の関係性そのものを進化させようとしたのかもしれない。」p165 さらにおもしろいのは、父の死後、娘は父の遺した本の草稿を校正し、自分で泣き父とのメタローグを加筆して仕上げた。父娘の「ありえたかもしれない」会話の記録として。









ゆう@yu_05152025年12月31日読み終わった面白かった。本文で触れられてる人たちの書籍や言葉が気になって色々調べてしまった。共話という言葉を知らなかったのだけどそれが気になったので共話にまつわる本も読んでみたい。あとは共に在る感覚【共在感覚】がアフリカの民族の間ではものすごく範囲が広いというエピソードに驚き。私たちなら今一緒にいるって言える範囲って横にいるとかせめて同じ家の中にいるとかそんなものだと思うんだけど、150m以内なら一緒にいると認識してしまうってそんなことある?と驚き。北欧の人はパーソナルスペースがすごく広いとかそんなようなことは知ってたけど一緒にいるの範囲が広いとかそんなこともあるんだなぁ…っていう驚きがたくさん。


-ゞ-@bunkobonsuki2025年12月1日フランスと日本で育ち、多言語を操るドミニク・チェンの自伝的エッセイ。「わかりあえなさをつなぐために」というサブタイトルから、彼の言語に対する在り方が伺える。 読んでいて印象に残ったのは、著者と幼い娘とのエピソードだ。フランス語を覚えてはいるものの、家では日本語で話す娘。なんとかフランス語を話させたい著者は、「頭をぶつけた衝撃で日本語を忘れてしまった」という理由で娘とフランス語で会話する。そうすることで娘からフランス語を引き出すという算段だ。 この目論見は見事に成功するのだが、成功した理由が「父を助ける」というのだから泣かせる。人の力を引き出すのに必要なのは、将来のためとか、頭脳の発達といった合理性ではなく、人情なのかもしれない。



たま子@tama_co_co2025年11月22日六甲ミーツアートへ行き、移動中に読む。世界を標本化し、非現実的な組み合わせをいくつも試す無数の作品群を前に、ベン・ラーナー『10:04』の「世界が組み変わるいくつもの瞬間」という文章を思い出す。同時に『未来をつくる言葉』の「自分の世界の見え方を押し広げる作用」「自分だけのパターンを見つける」などの文章を思い出し、創作や鑑賞ってあるいはそうかもしれないなとおもう。本と別で吸収したものが体験としてつながっていくとき、わたしは確かに自分のなかで世界を再構築している実感があるな……などと考えていてたのしい。腹ぺこ。










T/Teito@NavyXcliff_12782025年11月6日読み終わった分かり合えなさを加速させる時代のなかで、それでも言葉を紡ぎ、会話を続ける意味とは?経歴、開発した作品、学術理論の間を縦横無尽に飛び回りながら、筆者はこの問いに回答を与えていく。 なぜ人との会話に価値があるのか。この文章の主張は一貫している。それは、他者との会話の中で、自己の環世界も変容するからである。人との出会いは、芸術作品との出会いと同じように、自分自身の独自性を高めていく。対話というより共話的な特徴を持つ日本語では、よりそうである。 そして、表現行為は、その変容を固定化して、自分の中に取り込む。演繹的な特徴を持つ正反合に対して、帰納的な特徴を持つ守破離の感覚の中で、様々な他者との出会いの積み重ねの先に、自分なりの新たな発見の地平が見えてくる。 分かり合えないのが当たり前だと、筆者は言う。その分かり合えなさをつなぐことで、新たな価値が噴出するのだ。 テーマは私たちの身近なところから、筆者自身の体験から出発し、哲学をはじめとする理論の解説もわかりやすい。自己啓発から一歩進んだ学びをしたい人にもおすすめの本である。
ソナチネ@sonatine2025年5月12日読み始めた前に少し読んでやめた記憶があるか、再度購入したのでもう一度読んでみる。こんなテーマだったのかと新しい発見がある。良い感じ。言葉と世界について。クオリアという言葉の意味がなんとなく分かる。
ふるえ@furu_furu2025年5月6日読み終わった数年越しに読み終わった。 作中で触れられていた、遺言のタイプトレースプロジェクトについて思い出した。書いたものを提出したのか、途中まで書いて消したのかは覚えていないけれど。自分が終わった後に、何かを伝えたいという言葉が自分でも意外なくらいいろんな人に対して出てきたのが面白かった。 本を通じて考えられている、「わかりあえない」ことから始まる関係のなかで、共感や理解できないからといって閉じない、「わかりあえなさ」をつなぐこと。それはどういう気持ちから生まれてくるんだろうとか考えていた。


ふるえ@furu_furu2025年5月4日読んでる読んだり、読まなかったりを繰り返しつつようやく自分の中で「わかりあえなさ」をつなぐ面白さが見出されてきた。 「システムの構成要素を善と悪、効率と非効率で区分する思想からは、ぬか床の豊穣な発酵状態には到達できない。造礁サンゴやぬか床のように、複雑な要素が互いに排除し合うのではなく、絶妙なバランスの上で共生するシステムの姿から、人間の社会の在り方を考えることはできないだろうか。」ドミニク・チェン『未来をつくる言葉 わかりあえなさをつなぐために』(新潮文庫)p.159
ふるえ@furu_furu2025年4月28日読んでる読んではわからん!やっぱりわかる!を繰り返しながら一向に読み終わらない。 今日聞いていたポッドキャストで「巨人の肩の上に立つ」という言葉を聞いたけれど、過去の誰かの研究や経験が今に引き継がれてさらに深いところを解き明かしたり、新しいものを開いたりする。そんなことを感じながら読んでいた。


長月雨@september_rain2025年3月7日読み終わったかつて読んだ娘が生まれた瞬間、「いつかおとずれる自分の死が完全に予祝されたように感じられた」。生の祝福と死の予祝、相反するものが共に祝われる。思いがけないところにわかりあえなさをつなぐ何かがあるかもしれない。
ふるえ@furu_furu2024年4月30日まだ読んでる良き先生に会うことは、人の人生にとって幸せなことだよなと思いながら読んでいる。 サピア=ウォーフの仮説が紹介されていて、使用する言語によって人間は思考の形成や世界の見方が異なるという話を聞いて、ちょうど今日読んでいた「読書日記」を思い出していた。 翻訳の必要性。言葉の意味や発音だけではなく、文化や価値観の感覚をチューニングさせないと誤った相互理解に発展する危険。 ここからこの分かり合えなさをどうつないでいくことができるのか、読み進めながら考えたい。






























