不穏な熱帯

7件の記録
本屋lighthouse@books-lighthouse2026年3月15日読み終わった部分的な引用によってなにかを記すことが難しい本で、それは最終盤にあらわれる「識別不能性」というキーワードによって端的に言い表されているような気もするが、不思議とたのしく読んでいたし、まだまだ読み続けていたい本だった。あとがきに「ニューギニアのワントアト盆地に住む人々は、祭礼の前、夜間に樹木を切り出して巨大な足場を築き、朝になってそれを見て、「精霊が造ったのか!?」と驚いてみせる」(p.405)というエピソードが記され、それがこの本の執筆と完成に似ている気がすると著者は言うのだが、私の脳内にはこのときなぜか友田とんが出てきて、「精霊が造ったのか!?」という台詞を再び発していた。
本屋lighthouse@books-lighthouse2026年3月11日読み始めた最低限の仕事を終え仕事の分の集中力は使い果たし、お客さんが来る気配もなく、半年ほど寝かせていた本書を天啓のように突発的にひらくと、冒頭から3.11の話がされていた。 マライタ島という「不穏な熱帯」についての一見「遠い」物語が、思いもかけず「近い」ものとして読者に届く可能性を探求したい。本書で採用する、フィールドワーク中の日誌を引用する形式は、そのためのささやかな工夫の一つである。(p.26)








本屋lighthouse@books-lighthouse2025年10月7日買った@ sabo beer bar & bookstore高校の友人が始めたビアバー&本屋で栗原康のトークイベントが開催されるので、当然のように赴く。我々はみな「よりよい生活」を目指しているが、その「よりよい」の内実を変えることができれば、つまりちゃんと働いてたくさん稼ぐみたいなものからずらすことができればいいのではないか。 アナキズムはやはり、他者への信頼で成り立っている。他者すなわち世界を信用すること、他者になにかを与えればなにかがいつか返ってくると信じられること。SOSを発すればどこかのだれかが応答してくれると信じられること。その前提を必要とするのがアナキズムであり、現代社会においてアナキズムがおおむね「現実味のないもの」として見向きもされない理由は、ようするに他者=世界への信頼を我々が失っているからにほかならない。 信頼というのは、実際のところ常に根拠などないものなのだろう。与えたらその分だけ返ってくる保証などない、声を発すれば返事がある保証などない、しかしそれを根拠のないまま信じるということ。そうしてはじめて「返ってきた」という実績が生まれる。 しかし根拠のない証拠は「ぜったいないとは言い切れない」と強弁することも可能にする。根拠がないのだから、否定することもできやしないのだ。できる根拠がないのなら、できない根拠もない。根拠のなさこそが根拠になる。そんなトンチキなことを書ききった者を私はひとり知っている。 そんなことが考えられながら買われた。









