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タウマタファカタンギハンガコアウアウオタマテアポカイフェヌアキタナタフ
@cogcognitti
タテマアという、大きな膝を持ち、山々を登り、陸地を飲み込むように旅歩く男が、愛する者のために鼻笛を吹いた頂
  • 2026年5月24日
    雪沼とその周辺
  • 2026年5月24日
    はじめての語用論
    はじめての語用論
  • 2026年5月24日
    旋回する人類学
    旋回する人類学
    色んな本を読む中で理解を深めていこうという試みの第三冊め。
  • 2026年5月22日
    火山のふもとで
    清冽な夏の香り。 湿度も、夜風も、歩く道の砂の音も聞こえる。 やわらかな夏の風景。 その空気を胸いっぱいに吸い込んで、ずっと留めておきたいような。 私の手の届きそうで届かないくらいのところにある憧れをさわやかに描いてみせるから、悲しくも思えるし幸せにも思える。 茹だるような夏の、その前に読めてよかったかもしれない。
  • 2026年5月21日
    内在的多様性批判
    ポスト構造主義のあたりから壊滅的によくわからなくなった。 学習の大まかな見取り図を手に入れたという点では今読んでよかった。 何度も向き合う他ないようです。
  • 2026年5月8日
    無数の言語、無数の世界
    無数の言語、無数の世界
    概念メタファーや知覚語彙といった、言語の切り分け方から除ける認知の様態についての研究から 発音や語彙から考える環境と身体と言語と人間の関係について そして文法について めちゃめちゃ面白かったし、一つ新しい指針が私の研究にも与えられた気がする。 特に嗅覚語彙の研究は興味深かった。
  • 2026年5月2日
    構造と自然
    構造と自然
    難解だがわくわく
  • 2026年5月1日
    プロジェクション・サイエンス
    プロジェクション・サイエンス
    高校生の時に衝撃を受けた認知理論がプロジェクションで、この度それを振り返る+友人と読書会して批判検討するという機会を得た。 確かに面白い理論だし、投射が必要であるという理論的背景は納得。 ただ私は一旦身体性認知科学ちゃんと勉強してからまた考えようかなと言う気分。
  • 2026年4月23日
    現象学という思考
    現象学の入門書を読む前に読むと良い手引きのような本だなぁと思った。 入門書に手をつけては挫折してきた私にとって、こんなにわかりやすい現象学の本があるとは! とびっくりさせられると同時に、どこかぼんやりして納得のいかないところを、ここで得た基礎的な理解をベースに他の本で深めてゆこうと思わされる。 読んでよかった。
  • 2026年4月14日
    1973年のピンボール
    夏の爽やかな風が吹くようかと思いきや 曇天の湿度を称えた空気もそこにあって そういうところに凄みを感じる、
  • 2026年4月7日
    不穏な熱帯
    不穏な熱帯
    授業で紹介されて読んでみた。 存在論的観点から、フィールドワークにおける態度から記述まで、既存の西洋中心的な二元論【たくさんの文化vs単一の自然】から脱却し、再構築を図る。 この存在論的転回は衝撃的だったし、関心があった言語相対仮説に対する考え方とかも変わりそう。 また、インゴルドの生態心理学も結びつけた解釈や、何よりストラザーンの『イメージ』についての理論に強い興味を持った。 それと、今なら『私が諸島である』がまた深く読めそうな気がしている。
  • 2026年4月2日
    アナーキーのこと
    アナーキーのこと
    私たちは時に、自由ではないと感じる。方や、ある集団の中で役割を与えられたり固定された立場にいても、不自由に感じないこともある。 自由人という言葉は時に、自己中心的であるとか、周りのことを考えないとか、そうした意味での謗りの言葉として使われる。 私は自由であることを望んでいる。それは、自己中心的になることも、しかし関係性の渦の中で他律的になってしまうことも避けた、私が私に“依拠して”決定できる主体であり続けることだと思っている。そして、そのためにメタ的に己を省みることができたらと望んできた。 しかしメタ的であることに終わりはなく、気づけばメタ的であることにより雁字搦めになり、不自由になってしまうことが多かった。 アナーキーは制約を避け、人々と相互に助け合いながら、自由であることを望む思想だと理解している。その上で、上述のメタ認知の問題について、アナーキズムの実践者はどのように向き合っているのかが知りたかった。それでこの本を手に取った。 実際この本は、アナーキズム、アナーキーについて、豊富な事例やさまざまな活動家の態度の参照を通して知ることができる。 しかしむしろ大きかったのは、クィア論や『アナーキーのポケット』の論など、今後の思索を深める可能性を知れたことである。 そして何よりも、この適切に自由であることの苦悩の中で、おそらく何人もの人々が考え、失敗し、しかし何か希望を掴んできたことを目にしたことが、この私の苦悩もまた肯定してくれるような気がして、私もまたその苦悩に向き合ってゆく一人なのだと勇気づけられた。 また色々知り考えたのち、また読み直そうと思う。
  • 2026年3月14日
    花ざかりの森・憂国
    何度目か開くけどいつまでも楽しめないというか 文字は読めるけどそれが切実さを湛えて現前しないというか 『花ざかりの森』とか別に思想のシーンは私嫌いじゃないけど、多分方針が合わないのだろう。『憂国』も読めるけど何もわからない。『詩を書く少年』が好きで買って、何度も挫折したけど今回も挫折。
  • 2026年3月13日
    貝に続く場所にて
    森の中で、葉と葉の間から日が煌めくように 夜の降りた街の、小さな蝋燭の灯りの下の食卓のように 夏のように 羅列すると突飛な感じのする取り合わせが、美しい言葉の奔流となる。 終盤、夏の幻覚の中で、ちらりといいことを思いついたような気がして、でも消えてしまうような感覚があった。 里見龍樹『不穏な熱帯』を偶然同時に読んでいたのと、中村達『私が諸島である』の朧げな理解があったのが偶然繋がり、何かが見えそうな気がしたけど。また色々読んで戻ってこよう。
  • 2026年2月18日
    太陽の塔
    太陽の塔
  • 2026年2月18日
    貝に続く場所にて
  • 2026年2月18日
    風の歌を聴け
    風の歌を聴け
    夏の湿った爽やかな風 寂しさのかけらもない夕焼け 熱をたたえたインターロッキングブロック 青々と茂る並木 目の前に浮かび上がってくる。もちろん、生々しい質感を帯びて。 村上春樹の小説の不思議なところは、そういうところな気がする。あとレトリック。
  • 2026年2月16日
    すべてがFになる
    再読 中高生時代、青春。思い出の作家なのです。 やはり圧巻だなぁ。シリーズ再読しよう。
  • 2026年2月3日
    知覚と判断の境界線
    まだ序盤だけど多分これ買うなぁ
  • 2026年1月28日
    それからはスープのことばかり考えて暮らした
    いい景色。行ってみたい街。 少し埃っぽいけれど、柔らかに陽射しの差す海の近い街を思い浮かべた。 なんだかノスタルジックな世界だった。
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